流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・一樂編

妄想劇場・一樂編

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



Mituo
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ 

 

 


『憧れのレイコさん・・・』

田沼勇二は、夕方のこの時間、
扉の方ばかりを気にしていた。
もう一週間以上も姿を見ていない。
「どうしちゃったのかなぁ。  
どこか旅行にでも行ってるんだろうか」
勇二は、大学一年生。 山陰の田舎町から
大学に入るために都会に出てきた。
親からの仕送りはあったが、町役場に勤めている
父親の収入だけではとても足りない。
爪の先に火を灯すような暮らしをしてやりくりしている
母親のことを思うと、勉強も疎かにはできない。
そこで、大学の近くのコンビニで、
最低限のアルバイトをすることにした。
午後の講義が終わってから、夜の8時まで。
土曜日だけはフルで働く。
初めての接客は、人見知りする勇二には
戸惑うことばかりだった。ただ、マニュアルに従って、
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を
言うのが精一杯だった。

勤めて2日目のことだった。
田舎では見たこともないような美人が店に入って来た。
名前を思い出せなかったが、以前、
テレビドラマで主役をしていた女優に似ていた。
高校の英語の先生役だった。
レジで、「いらっしゃいませ」と言った瞬間に目が合った。
その女性は、ニコッと笑い、
「あっ新人さんね、ボクは高校生?」と訊いてきた。
勇二は顔をポッと紅らめた。
「い、いえ大学です」
「あら、純情。真面目ねえ」
目を合わせないようにして、ペットボトルの
ミネラルウォーター、ビタミンの入った美容ドリンク、
ハムとレタスのサンドイッチ、
それに女性週刊誌のバーコードを読み取る。

「ねえ、ねえ。ちょっと可愛いじゃないの。
ジャニーズ系よね。  
今度、うちのお店にいらっしゃいよ」
「え? お店?」
「うん、これ渡しておくからさ」
差し出されたのは、名刺だった。
源氏名というのだろうか、いかにも、
本名ではないと思われる名前が書かれてあった。

会員制クラブ  ブラックパール  司 レイコ  
商品をレジ袋に入れて手渡すとき、
レイコと名乗る女性は、 少し爪先だって
カウンターへ乗り出した。
勇二と顔が合わさるくらいに距離になり、
慌てて勇二は身を引いた。
「いやね、逃げないでよ」
「あ、いや、そんなつもりじゃ・・・」
再びレイコはみを乗り出して、勇二の耳元で言った。

「私の弟ってことにしてあげるから、遊びに来なさい。
タダでいいから」 「・・・」
勇二は、紅い顔が燃えるように熱くなるのを感じた。
毎日、毎日、午後5時40分が来るのが楽しみになった。
レイコさんは、5分くらい前後することはあったが、
決まって同じ時間に現れた。
その都度、勇二をからかっていく。
だんだんと勇二も慣れてきて、
少しは気の利いた言葉を返せるようになった。

「あっ、美容院に行かれたんだすね、キレイだなぁ」
「あら、この子、嬉しいわぁ」
「いえいえ、本当ですよ」
「そんなこと言って、なかなかお店に
来てくれないじゃないの」
「行きますよ、いつか」
「ホントよ~」
そんなレイコが、もう一週間以上もお店に来ない。

正直、バイトを続けていられるのは、
彼女のおかげかもしれないと思っていた。
友達でもない。もちろん恋人でもない。
ただのお客さんだが、勇二にとっては憧れの存在だった。
もちろん、キレイだからというのが一番だ。
でもそれ以上に憧れを抱かせるものがあった。
自分の知らない世界で、バリバリ働いているという
煌めきだった。
(病気でもしたのかな。それとも、海外へでも
旅行に行ってるんだろうか)
勇二には、一つ、気掛かりなことがあった。

それはレイコが姿を見せなくなる3日前の出来事だった。
コンビニの前で、何か言い合う声が聞こえた。
ガラス越しに目をやると、雑誌の棚の向こう側に
レイコさんの上半身が見えた。
店長と向き合って、やりあっている様子。
話の中身までは聞こえない。
それが5分ほども続いたろうか。
レイコは、店には入らず、プイッとして出て行ってしまった。

店長が戻って来てブツブツ言っている。
勇二が訊いた。「どうしたんですか」
「腹立つよ、まったく。
家のゴミをさ、うちのゴミ箱に捨ててくんだよ」
「・・・」 「たぶん今日だけじゃないぜ、
毎日だな、ありゃ」
レイコさんは、毎日、同じ時間にやって来る。
その都度、ほとんど同じ物を買う。
その際に、家庭のゴミも捨てていく。
一つの生活パターンが出来上がっている。
(きっと、そのせいだ)と思った。

いつも店長が店にいるわけじゃない。
勇二は、「またレイコが来てくれますように」と
心の中で願った。それから、さらに3週間が経った。
ずっと、というわけではないが、レイコさんのことが
頭から離れなかった。

たしかに、家庭のゴミをコンビニに持ち込まれては困る。
ゴミ箱はすぐに満杯になってしまうのだ。
そのゴミ箱の整理も勇二の仕事の一つだった。
赤ちゃんのおむつや、犬のウンチを捨てている人もいる。
「ペットボトル」と書いてあるのに、
その他のゴミが突っ込んであることなんてザラだった。

高速道路のサービスエリアでも、
この問題が取りざたされていた。
行楽に出掛けるとき、家庭ゴミを車に乗せて
「わざわざ」捨てていく家族が多いらしい。
モラルの低下というか、一つの社会問題である。
それだけに、店長の言い分はわかる。
わかるが、レイコに会えないのは残念だった。

勇二が、そんなことを考えて駅前を
歩いていたときのことだった。
「あっ!」それは、紛れもなくレイコさんの後姿だった。
右手にはブランド物のバッグ、
左手にはゴミ袋を持っていた。
姿勢よく、大股でスッスッと歩いて行く。
(このへんに住んでいるのかな。
うちのコンビニへ来てくれるのかも)
その日は、田舎から母親がやってくるというので、
バイトを休ませてもらった。
(それなら、休むんじゃなかった)と気落ちした。

でも、勇二が勤めるコンビニと反対方向へ向かっている。
(どこへ行くんだろう)気が付くと、
勇二は後を追いかけていた。
まるで、刑事が尾行するかのように。
途中で、回り込んで「こんにちは!」とでも
声をかけようと思ったが、そこまでの勇気はなかった。

(これじゃあオレ、ストーカーじゃん)と首を横に振る。
それでも、距離を置いて後を着いて行った。
しばらくすると、勇二が通う大学前のコンビニまで来た。
勇二のバイト先とは、300メートルほど離れライバル店だ。
レイコさんはコンビニの入口へと向う。
勇二は、駐車場の手前で立ち止まった。

その時だった。店の前で、ゴミ箱の
ゴミを整理していたオバサンが、レイコさんに声を掛けた。
「あら、レイコさん、おはよう!」
「おはよう!水野さん」
「水野さん」と呼ばれたおばさんは、
ユニフォーム姿からして、この店の店員らしい。

「あっ、ゴミね、こっちへ頂戴。
ちょうど、裏へ回しておこうと思ったところだから」
「ありがとう。助かるわ」
「何言ってるのよ、お客様じゃないの」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわぁ~。
どうしても仕事柄、朝早く起きられないのよね。  
ゴミを出したいんだけど、
うちのマンションは管理組合が厳しくって・・・。  
夜のうちに共同のゴミ捨て場に置きに行くと
組合長に叱られるのよ。
融通が利かないっていうか」

「たいへんな仕事よねぇ~。私なんか、反対に、
夕ご飯食べたらパタンキューで。  
年寄りだから、朝は4時に目が覚めちゃうし」
「4時なんて、私が寝る時間よ」
「へえ~そうなんだ」
「ホント助かるわぁ~。
こうして家庭のゴミを気軽に持って来れるなんて
夢みたいだもの」
「ううん、いいのよ。ああ、そうだ!
アセロラの美容ドリンクね、新商品が出たのよ!」
「ええ!ホント!買う買う!!」
「売り切れないように、ちゃんと一本取ってあるからね!」
「わぁ、水野さん、ありがとう」
そう言うと。二人は店の中に入って行った。

勇二は、導かれるように店の入り口まで近づいた。
中では、美容ドリンクを手にして、
おばさん店員とレイコさんが楽しげに話をしていた。
勇二は、ふとゴミ箱の上辺りに貼ってある。
A4サイズの白い紙に目が留まった。
そこには、あまり上手いとは言えないが、
何やら温もりを感じさせる丸っこい大きな文字で、
こう書かれていた。
「家庭のゴミも、どうぞお持ちください」……

《終わり》


Author : 志賀内泰弘



誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と言い訳になるから……



『恋心』 エンリコ・マシアス




時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる





P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

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