流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・一楽編

妄想劇場・一樂編

信じれば真実、疑えば妄想


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今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



Mituo



 
 
 
『カッコイイかカッコ悪いか【2】

田中作蔵は、大手食品メーカーの社長だ。
フットワークが軽いことで有名で、
全国の支店を飛び回っている。
現場の声を直接聴きたいというのが目的だ。
そのため、東京の本社と大阪支社のとの間は、
まるで通勤圏内であるかのように毎週往復している。
予感はあった。いや、予感ではない。
強く願っていたからこそ、
それが叶ったに違いない。

作蔵は、「もう一度会いたい」と
思っていた人物を目の前にして、 心が弾み、
自然に頬が緩むのを覚えた。
それは、一か月ほどの前の出来事だった。
作蔵は、待合室で一人の青年が
目の前に落ちている空き缶を
サッと拾うのを目撃した。
それだけではない。 辺りに零れていたビールを、
ティッシュで拭きとりゴミ箱へ捨てに行ったのだ。
そのあまりにもスマートな振る舞いに、
作蔵は惚れてしまった。

そして・・・なんと車両に乗り込むと、
その青年と座席が隣合わせになったのだった。
思い切って、作蔵は青年に尋ねた。
「なぜ、空き缶を拾いティシュで拭くということが、
自然にできるのですか」と。
それに、青年は何事でもないかのように答えた。
「カッコイイから」だと。
さらに、「ものごとを損か得かという判断基準は捨てて、
カツコイイかカッコ悪いか、 それだけで決めているんです。
それが僕の生き方なんです」
薄汚れたTシャツにあちこちが破れたジーンズ。
首元には、キラキラ光るネックレス。
そして黒いサングラスと、イルカの形のイヤリング。
作蔵は、「人は見てくれで判断してはいけないな」と
反省した。

ところがである。後日、女性秘書の斉藤朱音に聞くと、
作蔵が知らないだけで、
誰もが知る有名なミュージシャンなのだという。
ドルフィン・ウェーブのボーカル・佐久間龍一。
東京ドームや武道館を満杯にする人気グループ。
紅白歌合戦」にも出演したことがあるらしい。
うかつにも、名刺を交わすのを忘れてしまった。
けっしてミーハーな気持ちからではない。
もう一度、彼、佐久間龍一と話がしてみたかったのだ。
作蔵は、年齢とか性別とかに関係なく、
自分と関わるすべての人からいつも
「学びたい」と思っていた。

「カッコイイかカッコ悪いか」を、
生き方の判断基準していると、
スパッと言い切る青年に興味を抱いた。
それは、日を追うごとに雪だるまのように
募っていった。
「カッコイイ」というと、
つい外見のことを考えがちである。
しかし、彼が言う「カッコイイ」は、
「見てくれ」のことを指しているのではないことは
明らかだ。
「カッコイイ」という心の有り様。
そう、内面のことを言っているのだ。

この前と同じ、新大阪駅のホーム。
そんな願いが神様に通じてか、
東京行きのぞみ号のグリーン車8号車の
停止位置で待っていたら、 うしろから声を掛けられた。
「この前は、どうも!」振り返ると、
そこにあの青年、佐久間龍一が立っていた。
「おや、奇遇ですね」と答えつつも、
運命と言うか、出逢いの必然性を
感じ取った作蔵だった。

すぐ隣に立っている、「佐久間さんの
大ファンなんです!」と言っていた秘書の朱音は、
間近に憧れの人を見てしまったということで、
ポカ~ンと口を開けて放心状態になっていた。
作蔵は、車掌に頼んで佐久間と
隣の席に換えてもらった。
本来なら朱音は、一般車両の
指定席に乗るはずだったが、
せっかくの機会に別々ではあまりにもかわいそうだ
ということで、 追加料金を「自己負担」ということで
通路をはさんだ隣の席に移動させてもらった。
席に座ると、作蔵は「待ちきれない」という表情で
話し始めた。

「佐久間さん、彼女・・・私の秘書の
斉藤朱音というんですがね・・・  
彼女から聴いて驚きました。あなたは、
ずいぶん有名なミュージシャンでいらっしゃるとか」
「いいえ、有名と言われればそうかもしれません。  
たしかに、はめたくもないサングラスをしなければ
電車にも乗れないんですから」
佐久間は、苦笑いをして言った。
「でも、あなた・・・」
「ああ、たいへん失礼しました。田中と申します」
作蔵は、慌ててポケットから名刺入れを取り出し、
座席から立ち上がって渡した。

「ごめんなさい。僕は名刺を
マネージャーに預けていて・・・
後でお送りします」
「マネージャーさんは?」
「今日は、大阪で二週間に1回の
ラジオ番組の収録日でして・・・
一人で行動してます」
そう言いつつ、作蔵の名刺をチラリと目にして、
「ああ、銀座食品の社長さんでしたか」
「はい、ご存じですか?」
「ご存じもなにも・・・私なんかよりも
知名度はずっと高い会社じゃないですか。  
子供の頃から食べてます・・・
ああ、もちろん、今も」
「恐れ入ります」最近知ったとはいえ、
著名人から自社の製品のファンだと言われて
悪い気はしない。

「ところで・・・この前の『カッコイイ』のお話、
心に残りました」
「いやあ、恥ずかしいです」
「彼女からあなたのことを聞いてから、
少しネットなんかで調べさせていただきました。  
ずいぶん、文化的な活動も熱心にしておられるようですね」
「いえ・・・それほどでも」

作蔵が言っているのは、佐久間が、
仲間のミュージシャンや 作家・画家などと一緒に
立ち上げた
環境保護活動のことだった。
褒め称えたつもりで話題にしたのだが、
一瞬、サングラス越しに 佐久間の顔が
ゆがんだことに気付いた。

「素晴らしい活動ですね。
第一線で活躍するアーチストの皆さんが、  
印税など多額の寄付を地球の未来のためにする
「・・・」 「まさしく、カッコイイ」
ところが、佐久間は意外な反応を示した。

「いや、カッコ悪くて、嫌気が指しているんです。
お恥ずかしい限りです」
「え?」
「この前、僕はカッコイイかカッコ悪いかという基準で
ものごとを 判断して生きていると申しました」
「はい。その言葉に新鮮さを覚えただけでなく、
年齢には関係なく  私も学ぶべきかと思ったしだいです」
「その基準からすると、今、私が関わっている活動は
カッコ悪くて仕方がないのです」
作蔵は、佐久間の意図するところが
まったく理解できなかった。

通路をはさんで、秘書の斉藤朱音が、
興味津々という表情で二人を凝視していた。
「実は、あの活動は僕が言いだしっぺなんです。
このままでは、地球温暖化で日本、
いや世界中の生き物が滅んでしまう。  
危機感を抱いて仲間たちに基金を作ろうと
呼びかけたんです」
「素晴らしいじゃないですか」
「はい、そこまではよかった。
次々に賛同者も増えて・・・。  
私は、それをこっそりとやるつもりだった。
誰にも知られないようにね。  
こっそりだからこそ、『カッコイイ』んです。

でも・・・」
作蔵は、この青年の言わんとしていることを
即座に察した。
「事務所とか、レコード会社とか、テレビ局とか・・・
それを知った連中が  そっとしておいてはくれなかった。
大義名分はあります。  
多くの人に、私たちの活動が知られることによって、
CDが売れたり、ダウンロード回数が増えれば、
寄付金も多くなります。  
ファンのみなさんあっての我々ですから。  
でも、『佐久間は環境保護運動をやっている』と
知られるのは、僕の生き方に大きく反するのです」
「なるほど、『カッコ悪い』というんですね」
「はい、ものすごく『カッコ悪い』」

この若者は、なんてピュアなんだろう。
作蔵は改めて心を打たれた。
「でもね、あなたがそんなふうに考える必要はないでしょう。  
もっと、胸を張られたらいいのではないですか」
「事務所の社長もそう言います。
でも、これは僕の生き方ですから」
「なるほど、あなたの口にすることには一貫性がある。  
まったくブレていない。
今の日本に必要なことかもしれませんね」
「いえ、そんな立派なことじゃないんです」
しばし、沈黙の後、佐久間が再び話を始めた。

「さっき、検札のために車掌さんが来ましたよね」
「はい」 「そのとき、私はすごく感動したんです。
『ああ、カッコイイ ! この人は』と」
「え?」 「気付かれました?」 「何をですか?」

「若い女性の車掌さんでした。
彼女がね、私の切符を受け取って、  
ポンッて青いインクの検印を押してくれました。
その後なんです」 「・・・」
作蔵は、佐久間のサングラスの中の
見えない瞳を見つめた。

「乗車券と特急指定券の二枚。
表同士を内側にクルッと併せて、
私に返してくれたんです」
「ああ!」作蔵は、佐久間の話の
意図することが理解できた。
青い検印のインクを押す。
それが乾かないうちにお客さんに返す。
多くの人は、スーツやシャツの
内ポケットの仕舞うであろう。
すると・・・インクが服に付いてしまう恐れがある。
さっきの車掌は、それを防ぐために、
二枚のチケットをクルッと内側に向け直して
返却したのだ。

「実は、僕が最初にこのことに気付いたのは、
3年くらい前のことなんです。  
ああ、この車掌さんはスゴイなぁって。
それで思い切って訊いてみたんですよ。  
誰かの指示でやってるのかって」
「はい」 「先輩がやっているのを見て、
いいなぁって思ったそうなんです。

別に誰に言われたわけでも、決まりでもない。  
その方がお客さんのためになると思っただけだと」
「ほほう、それは素晴らしい」
「僕の言う『カッコイイ』って、そういうことなんだと
改めて確認できたような気がしたんですね。  
誰に褒められなくてもいい。誰も認めてくれなくてもいい。
自分が『カッコイイ』と信じることをやる」

「私は恥ずかしながら、新幹線には
年に100回以上乗っているのに気づきませんでした」
「いえ、気づくとかそういうことではなくて・・・」
「はい、わかりますよ」
東京駅に着くと、「今日は、ちょっと
急ぎの用事があるので・・・」と言い、
佐久間は早めにホームへ飛び出して行った。
「また、おめにかかれるのを
楽しみにしています」と言い残して。

「私、ますます佐久間龍一の
ファンになってしまいました」と朱音が言う。
「そうだね、私もだよ」と答えつつ、
作蔵はホームから地下へ降りる
エレベーターに足をかけた。
パッと顔を上げた瞬間、
そこには見慣れた大きな看板が目に飛び込んできた。

作蔵が社長を務める「銀座食品工業」の広告だった。
それは、商品のPRをするものではなかった。
青い海、抜けるような青空の下に、
マングローブの緑の写真。
そこに、大きな文字で、
こんなキャッチコピーが踊っていた。

「銀座食品工業は、地球の環境のために
熱帯の植林事業を応援しています」
それを見て、作蔵は冷や汗が出た。
ひょっとすると、佐久間も、
この看板を見ているに違いない。
「斉藤さん・・・これはカッコ悪いよね」
朱音が、「え?・・・
何ておっしゃいました?」と聞き返す声が、
新幹線の発車のベルに打ち消された。

Author :志賀内泰弘


人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから……




「悲しき子守唄」
作詞:西条八十・作曲:竹岡信幸


可愛いおまえが あればこそ
つらい浮世も なんのその
世間の口も なんのその
母は楽しく 生きるのよ






1938年(昭和13年)に、松竹映画
「愛染かつら」の主題歌で「旅の夜風」
「悲しき子守唄」は、カップリング曲

高石かつ枝が歌手になってステージで歌った
「悲しき子守唄」は、田中絹代は歌わず、
ミス・コロムビアのレコードをかけて、
口だけ動かすという形になっている」



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる









furo
P R

きれいなお風呂・宣言

お風呂物語