流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

チャンネル・掲示板

チャンネル・掲示板

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mousou2 昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー 

  
 

 
子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり 
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)


『誰も見てない

エリはお婆ちゃん子だった。
幼い頃から、何かあると一番に、お婆ちゃんに報告する。
「お婆ちゃん、今日ね、テストで90点取ったよ」と言えば、
「えらいねえ」と褒めてくれた。
エリの両親は二人とも学校の先生をしていた。
8時よりも前に帰ってきたことがない。
だから、お婆ちゃんといつも一緒にいた。

特に、夏休みは家にいると一日中、二人きりだった。
特に今週は、両親とも泊りがけの学校行事で
家を留守にしている。
「行って来ま~す」 「どこ行くの?」
「うん、今日も部活」 「ちゃんと、鏡を見ていきなさいよ」
「いいよ、どうせ練習したら汗まみれで、
頭もクチャクチャになるんだから」

エリは、中学でバスケットボール部に入っていた。
夏休みの前半は、朝練がある。
「だめよ、どこでいい男に会うかもしれないんだから」
「いやだぁ、そんなのいいよ」と言いながらも、
エリはお婆ちゃんの部屋にある姿見の前に立つ。
胸のリボンを結び直す。制服のスカートを
ポンッポンッと軽くはたいた。

「じゃあ、行って来ま~す」
「はい、行ってらっしゃい」
いつもと変わらぬ朝だった。 部活の帰り道、
リョーコに誘われて、駅の近くのファンシーショップに寄った。
リョーコはキティちゃんにハマっていて、
ケータイのストラップから文房具、 パジャマまで
キティちゃんだ。 二人で当てもなく店内をぐるぐると回る。

「え!?」エリはリョーコの顔を見た。
こっちを向いて、舌をペロッと出した。
リョーコは、手に持っていたキティちゃんの小さなポーチを
スポーツバッグの中に入れたのだった。
(え? 万引き?)エリは、呆然として立ち尽くしていた。
そのすぐ目の前で、 リョーコはキティちゃんのハンカチを
再びバッグに投げ入れた。そして、エリの耳元でささやいた。
「大丈夫だよ、ここはカメラもないんだから」
監視カメラのことを言っているらしい。

リョーコは、「エリにもあげるよ」と言った次の瞬間、
棚のハンカチを掴んだかと思うと、
エリのカバンにねじ込んだ。
エリは血の気が引くのがわかった。
身体が強張って動かない。
気が付くと、リョーコは店の外へ
何食わぬ顔をして向かって行った。

「リョーコ」と言葉にならない声を発して追いかける。
気づくと、駅前のハンバーガショップの前まで来ていた。
リョーコが言う。「大丈夫だって~」
「・・・」エリはまだ声が出ない。
「あの店はさあ、女の人が一人レジにいるだけでさあ、
奥の方は見えないのよ」
「だって・・・だって、これって万引きじゃないの」
「エリだって、持って来ちゃったんじゃないの?」
手にしたカバンから、ピンクのタオル地の
小さなハンカチが顔を覗かせていた。

「誰も見てないって」
「だって」 「あそこの店はさあ、有名なのよ、
やりやすいって。みんなやってるんだから」
「・・・」 「じゃあ、明日またね」
リョーコはそう言うと駆け出して行った。
エリは、リョーコの言葉を心の中で繰り返していた。
「誰も見てない、誰も見てない」
その証拠に、店の人は追いかけても来なかった。
「誰も見てない、誰も見てない」

家に着くと、ますます恐ろしさが募っていった。
でも、それを打ち消すように、何度も心の中で呟いた。
「誰も見てない、誰も見てない」
そこへ、お婆ちゃんに呼ばれた。ドキリとした。
「え?」何を言っているのか聞こえなかった。
「な、何、お婆ちゃん」
「エリ、今日の昼ご飯は、デニーズに行こうかねぇ」
「う、うん」
「じゃあ、早く着替えておいで、玄関で待ってるわよ。
ちゃんと鏡も見ておいでよ」

制服から真っ白なTシャツと膝までのジーンズに着替える。
心のモヤモヤは大きくなるばかりで、爆発しそうだ。
(どうしよ。お婆ちゃんに相談しようか。
でも、心配かけちゃダメだ)
「誰も見てない、誰も見てない」と、
まるで呪文のように繰り返す。
たしかに、誰も見ていない。
店員にも気づかれなかったし、他にはお客さんもいなかった。
これからだって、黙っていれば誰にもわからない。


「誰も見てない、誰も見てない」ふと、
姿見に映った自分の顔を見て驚いた。
真っ青な顔をしていた。
それも少し黒ずんだような。エリはハッとした。見ていた。
そうだ、見ている人がここにいた。
誰も見ていなかったけれど、 私が見ていた。
私の目が、私の心が見ていた。


「お婆ちゃん・・・」
エリは、蚊の鳴くような声で言った。
「どうしたの?何だか顔色がよくないね」
「お婆ちゃん、デニーズに行く前にお願いがあるの」
勇気を振り絞って、すべてを話した。…

Author:志賀内泰弘



『断絶 』




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


添うて苦労は覚悟だけれど、
  添わぬ先から、この苦労