流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

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歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
明日という日はミステリー、
今日という日はプレゼント(贈り物)




 
「下座に生きる」夜通しの看病

「おい、こっちを向けよ。
今日は一晩看病させてもらうからな」
すると少年は「チェッ、もの好きな奴やな」と
言いながらも、顔を向けた。
「ところで、お前の両親はどうした?」
「そんなもん、知るけ」  
嫌なことを聞くなと拒絶するような雰囲気だ。
「知るけって言ったって、親父やお袋が無くて
赤ん坊が生まれるかい」
少年は激しく咳き込んで、血を吐いた。
「おれはなぁ、うどん屋のおなごに生まれた
父無し子だ。親父はお袋のところに遊びに来ていた
大工だそうだ。お袋が妊娠したって聞いた途端、
来なくなったってよ」
お袋はおれを産み落とすとそのまま死んじまった」
「そうか」「うどん屋じゃ困ってしまい、
人に預けて育てたんだとよ。
そしておれが七つのときに呼び戻して出前をさせた。
学校には行かせてくれたが、
学校じゃいじめられてばかりいて、ろくなことはなかった。
店の主人からいつも殴られていた。
ちょっと早めに学校に行くと、
朝の仕事を怠けたと言っては殴られ、
ちょっと遅れて帰ると、遊んで来たなと言って殴られた。
食べるものも、客の食べ残ししか与えられなかった。
だから14のときに飛びだしたんだ」
「何をして暮らしてきたんだい」
「神社の賽銭泥棒だ。だがな、
近頃はしけててあんまりお賽銭は上がっていない。
そいで、新興宗教のお賽銭箱を狙ったんだ。
でも、直にばれてしまい警察に捕まり、
少年院に送られたが、肺病にかかって、
ここに入れられたんだ」
「そうか。いろんなことがあったんだな」
短い坊主頭に、禅僧が作業するときに着る
作務衣に似た木綿の筒袖を着た三上さんは、
お世辞にも美男子ではない。
じゃがいものようにごつごつした丸顔に、
少年はすっかり心を許したようだった。  
「せっかく来たんだ。足でもさすろうか」と
三上さんが立ち上がると、
少年はいらんことをするなと気色ばんだ。
その病室には椅子がなかったので、
三上さんはコンクリートの床にじかに座っていたのだ。  
「まあ、そういうな。好きなようにさせてもらうぞ」
足元に回り、毛布をめくると、
腐敗したような甘酸っぱい臭いがムッと鼻をついた。
枯れ木のような細い足で、骨の形が見えるようだ。
関節はふくれあがり、肌はさめ肌のようにかさかさで、
窪んだところには黒く垢が溜まっている。
さすがの三上さんもたじろいだ。
この足をさするのかと思うと躊躇した。
そんな気持ちを乗り越えてさすっていると、
少年が語りかけて来た。
「おっさんの手は柔らかいなあ」
「何言っとるんじゃ。
男の手が柔らかいはずがあるかい」  
「うんにゃ、柔らかいぞ。お袋の手のようだ」
恐らく、人の肌に触れたことも
触れられたこともないのだろう。
生まれて初めて人に触られて、
少年の心は溶けた。うれしい。
こんなうれしいことはない。
人を身近に感じてたまらないのだ。


続く

幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない