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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



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子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり 
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)



 『心のこもったアナウンス』

京都から名古屋まで新幹線に乗ったときの話です。
米原駅を通過する辺りで、車内に
こんなアナウンスが流れました。
「○○号車の洗面所に、お子様のアンパンマン
リュックの忘れ物がありました。  
お心当たりのお客様は、お近くの乗務員まで
お声掛けください」
誰かが気付いて届けたのでしょうか。
それとも、車掌さんが見つけたのでしょうか。
間違いなく、アンパンマンが好きな子供なんだろうなぁ。

そんなことを考えていたところに、再び、
アナウンスが流れました
。「先ほどのアンパンマンのリュックの忘れ物は、  
無事にお子様の元に戻りました。
ご協力ありがとうございました」
別に、ご協力したわけではありません。
でも、とてもハッピーな気分になりました。
心の中で、「その子の手に戻るといいけどな」と
思っていたからです。
別に車掌さんは、「無事に戻った」という報告をする
必要はありません。でも、きっと、
「あのリュックは、どうなったろう」 と思う
お客様がいるのではないか。
そのお客様に、「無事に届いた」ことを伝えたい。
不要ではあるけれど、「気遣い」をされたのだろうと
思いました。

以前、似たようなことがありました。
東京駅から新幹線に乗り、品川駅を通り過ぎた頃のことです。
「○○号車でも気分が悪くなられたお客様がいらっしゃいます。  
車内に、お医者様か医療関係のお仕事の
お客様がいらっしゃいましたら、○○号車まで
お越しいただけましたら幸いです」
文庫本を読み始めたところでしたが、
何だか気になってしまい、 栞をはさんで閉じました。

ちょっと「気分が悪い」程度では、
こんなアナウンスはしないだろう。よほどのことに違いない。
こういう時、何もできない自分に苛立ちます。
「お医者さんは、乗り合わせていただろうか」
「せめて、看護師さんでも乗っていたらいいな」 と祈りました。
横浜駅を過ぎて、再び、文庫本を開いて、
読み始めた時のことでした。
こんなアナウンスが流れたのです。
「先ほどの、気分が悪くなられたお客様は、  
横浜駅で降りられ救急車で病院に搬送されました。
 ご協力いただき、ありがとうございました」
ホッとしました。 たぶん、全車両のすべての乗客
も同じ思いだったことでしょう。
車掌さんは、人の気持ちがわかるのですね。
必要ではない。でも、伝える。 たぶん、マニュアルではない。
決まりではないけれど、アナウンスする。
これこそ、「おもいやり」です!

Author:志賀内泰弘


「お米はまだ大丈夫?」

お米がなくなりそうになると、実家の母が電話をくれます。
母は知り合いの農家さんとお米の契約をしていて、
妹と私の家族に定期的に送ってくれるのです。
車を運転して農家さんのお店に行き精米して、
宅配業者に持ち込んでいるそうです。
昨年腰を骨折し、まだ完全に治り切っていないのに、
「重たい物を持ち上げて大丈夫かしら?」と心配になりました。
すると母が、 「それがね、しばらくお店に行かなかったら、
農家さんが心配して電話をくれてね。  
訳を話したら、精米して小振りの箱に入れてくれるのよ。
ホント助かってるわ」 と言うのです。

「お母さんの周りには親切な人がいっぱいいて、
ホントありがたいね」と言った後、
「ああ、そうか!」と思わず膝を打ちました。
母は働き者で面倒見が良く、 「ちょっとした親切」を
生き甲斐にしている人なのです。
母の骨折のお見舞いに行った時、こんなことがありました。
母は、化粧品の訪問販売の仕事を続けて25年、
今年76歳になります。 車の運転はおろか、
寝返りを打つことさえ出来ないというのに、
「お客さんに注文品を届けられなくて申し訳なくて……」と、
本気で嘆いていました。

「こういう時は仕方ないから、送ることにしたら?」と話すと、
「送るのはいいのだけれど、集金がね。
年配の人や足が悪い人は、銀行に振り込みに行くのは
大変なのよ」 と言うのです。
聞くと母は、身体が丈夫でないお客さんのために、
日用品の買い物に行ってあげたり、
雨が降ってきたら洗濯物を取り込んであげたりしているとのこと。
「ちょっとしたことだけど、とても喜んでもらえるのよ」 と、
嬉しそうに話していました。

お客さんの世間話に付き合うだけでも大変なのに、
そこまで気遣ってあげているなんて……。
「ちょっとしたこと」と言ってしまえばそれまでですが、
出来そうで出来ないことのような気がします。
「お母さん、すごいな」と素直に思いました。
母と雑談をしていたら、お客さんがご夫婦で
お見舞いに来てくれました。
「台所に立てないだろうから、作ってあげようと思って」と、
けんちん汁の材料の野菜や豆腐を持ってきてくれたのです。
この場面に出くわした私は、 「お母さんは、お客さんに
どれだけ親切にしているんだろう」と、
心から感動してしまいました。

そういえば、こんなこともありました。
母のたんすのそばに、 新しい靴下がたくさんあるのを
見つけました。 「あったかそうな靴下ね」と言うと、
「品が良くて履き心地がいいから、お客さんにあげるのよ」 と
言っていました。
また母は、季節の果物をいろいろ送ってくれるのですが、
それもお客さんに依頼しているそうです。
「やっぱり、持ちつ持たれつだものね」と明るく話す母は、
義理と人情の人だと思いました。

こんなあんなを思い出し、 「お母さんがみんなに親切にしているから、
それが戻ってきてるんだね」と私。
「ああ、そうかしらねぇ。別に見返りを求めてるわけじゃないんだけどね」と
母は、電話の向こうで笑っていました。
私が聞いたのはお客様への親切の話でしたが、
「その親切が回り回って、農家さんから戻って来たのでは?」 と
勝手に想像しています。
母は商家の娘なので、学校から帰るとすぐに、
職人さんたちの手伝いをしていたと聞いたことがあります。
そんな中で育ったので「無意識の親切」が自然と
身についたのかもしれません。

私はこんな母を誇りに思いますし、
母の娘であることに感謝しています。
見返りを求めないちょっとした親切。
私も母を見習って生きていこうと思いました。



『サンタクロース・プロジェクト』

齊藤先生が担任する1年1組では、12月の人権週間にちなんで、
1年1組では、 「サンタクロース・プロジェクト」という試みに
チャレンジしました。
それは、次の2つのことを、クラスのみんなで徹底的に、
とことんやってみようとのことです。
(その1) 毎日、3回、人のために善いことをしよう!
(その2) 友達の善い行いを見たら、生活ノートに書こう!

一人ひとりが、この2つのことに真剣に取り組めば、
きっと教室の雰囲気が変ってくるはず。
誰かをバカにしたりすることもなくなってくる。
誰かを傷つけたりもしなくなるはず。
そういう居心地の良い、夢の教室を
みんなで作ろう!というわけです。

クリスマスを目前にしていることから
「サンタクロース・プロジェクト」と名付けられました。
人のために、何かをしてあげられる良い子のところへ
サンタさんはやってくる。なぜなら、
サンタさんは見返りを求めず、相手の願いや気持ちを
考えて人を喜ばせ続ける実践の達人だからです。

さて、1日目です。 齊藤先生は、「どうかな~」と
恐る恐る生活ノートを開きました。
すると、びっしりと、「クラスの友達の善いこと」が
書かれていました。
たとえば・・・。 「A君は、自分の当番でもないのに、
黒板掃除を手伝ってくれました」
「Mさんは、私や友達が物を落としたとき、いつも拾ってくれます。  
いったい、1日に何回拾っているんだろう?と感心します」
「放課後に、R子さんがパンジーのプランター
水遣りを手伝ってくれたおかげで、
早く終わらせることができました」

そして、2日目。 「音楽の授業のとき、Sさんがゴミを拾って
捨てていました」
「N君は、プリントをみんなに配っていました。
誰にも見られていないかもしれないけど、
進んでやってくれている姿に、
『ギブアンドギブだな』と思いました」
どれも、当たり前のことと言えば、当たり前です。
でも、自分が中学生の頃はどうだったろう、と考えました。
自分のことで精一杯。
自分のことしか考えられませんでした。 齊藤先生は、言います。

「自分さえ良ければ・・・という人が増えている社会の中で、  
進んで人のために善いことをする勇気を持とう!」と。
3日目、4日目、5日目・・・と、生活ノートには次々と、
「人の良い行い」が書かれて行きました。
「今日は、Оさんがゴミを拾っているのを見ました。
おお!スゴイと思いました」
「Hさんは、トイレの水道の下を真剣に雑巾がけしてくれていました。
 隅の方まで頑張っていたのを見て、えらいなぁ、と思いました」
「今日は給食当番でした。私がよそっていたら、
M君がお盆を持っている人のところへ運んで手伝ってくれました。
おかげで、時間に間に合いました」

さてさて、 その1週間が経ちました。
ノートには、びっしり「善いこと」が埋まりました。
その結果、1年1組に、こんな変化が現れたそうです。
これは、みんなの声です。

(1)クラスが温かくなった気がする。
(2)みんなで協力し合うことが多くなった。
(3)みんなが、掃除が丁寧になった。
(4)クラスだけじゃなく、家でも手伝いをするようになった。
(5)みんなが笑顔になった。
(6)クラス全体が、小さなことに気付くようになった。

素晴らしい! たった一週間で、クラス全体が変るのですね。
その理由は明白です。
「善いこと探し」をしたからです。
お互いの「善いところ」を見つけて、褒める。
たった、それだけのことですが、なかなかできません。
たぶん、そのことを私たち大人は知っています。
職場で、地域で、家庭で、
人の悪いところにばかり目が向いてしまう。
かなり強く意識して「善いところ」に目を向けないと、
「善いところ」は見つからないのです。
いったん、プラスに目が向くと勢いがつきます。
探すことが楽しくなるのです。
さらに、自分も「善いことをしよう」と思うようになるのです。

ある生徒は言います。
「人の役に立つことをするのが楽しくなった」
また、ある生徒は、 「人に気付かれなくても、
自分で何かを頑張ることが増えた」
「みんなの、いいところがわかった」

ひょっとすると、この試みは、あなたの会社でも
活用できるかもしれませんね。
職場の同僚の「善いところ」探し。
だって、会社って、人の粗探しばかり
お互いにしているイメージがありますよね。
職場の雰囲気が良くなれば、やる気が出て、
営業成績も伸びるはずです。…

Author:群馬県高崎市立箕郷中学校、齊藤貴三先生



『汚い靴ね!




時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる


添うて苦労は覚悟だけれど、
  添わぬ先から、この苦労