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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……

Mituo

昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー

 
 
 

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……



『美味しかった?』

「チェッ!また同じかよ~」茂谷昌幸は、
弁当箱のフタを開けるなり呟いた。
そこには、クリームコロッケが二つに、夕べの残り物の
カボチャの煮物が入っていた。
白いご飯の上には、小さな梅干しが二つ。
「あ~あ、5限はマラソンの練習だぜ~かったるいなあ」
昌幸の隣で、いつも一緒につるんでいる尚志が言った。
校内マラソン大会が近い。
そのため、体育の授業のために 「練習」だといって
長距離を走らされるのだ。
「おい、聞いてるのかよ、昌幸!」
「ああ」そう言いながらも、昌幸は弁当のことで頭がいっぱいだった。
その日の夕食は、いつもより30分ほど遅かった。
昌幸の母親は、近くの縫製工場で働いている。
何年か前にマンションを購入した時、 父親の収入だけでは
苦しいので働きに出たのだった。
景気が悪いといいながら、急ぎの仕事が入ると残業を頼まれる。
お金にもなるし、頼まれると断れない性格もあって、
ついつい引き受けてしまうのだった。
そんな日は、夕食の時間が遅くなる。
「ごめん、ごめん、今すぐ作るからね。  
お父さんは月末で残業だって言ってたから、
先に食べちゃいましょ」
エプロンを掛けながらキッチンに向かう母親に、
昌幸の姉の響子が言う。「手伝うわ」
「いいのよ、響子は。来週からテストでしょ。
できるまで勉強してきても」
「ごめん、じゃあ呼んでね」
響子は昌幸より3つ年上の高校2年。
同じ姉弟とは思えぬほど勉強ができ、
地元の進学校に通っている。
食卓を囲んで、昌幸は母親に言った。

「あのさあ~お母さん」
「なに、まーちゃん」
「また今日も同じじゃないか」
「何がよ」 「弁当だよ。もう5日連続でクリームコロッケだ」
「ああ、ごめん、ごめん。特価で安かったから
買いこんじゃったのよ」

母親が答える前に、響子が口をはさんだ。
「まーちゃん、お母さんが忙しいのはわかってるでしょ」
「何、いい子ぶってんだよ。姉ちゃんだって嫌だろ。  
毎日毎日、ほとんど同じおかずで」
「いいもん、わたし、コロッケ好きだから」
「冷凍もんじゃないか」
母親が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、まーちゃん。お母さん、ついつい手抜きしちゃってるのよ。  
お父さんにも悪いとは思ってるんだけどね。
 もっと美味しいものを作ってあげたいとは思うんだけど・・・」
「お父さんだって、飽きてるんじゃないのか。  
会社で、部下の女の子にバカにされてるかもしれないぞ」
母親は、自分のものも含めて、毎朝4つの弁当を作っていた。
だから、四人は、3食ともほとんど毎日同じものを
食べていることになる。
「お父さんが聞いたら怒られるわよ、そんなこと言って!  
あんたお母さんに感謝が足りないのよ」
響子が怒鳴った。
「うるせぇなぁ、わかってるよ・・・わかってて言ってんだよ」
「前はいろいろ工夫してたんだけどね、
一度冷凍ものを使うと、 便利だからついついね・・・」
「どうせ明日は、ヒジキだろ」
昌幸は、食卓のヒジキの煮物をあごで指すようにして言った。
「ごめんね、まーちゃん。でも、お母さん、頑張って作るからね」
「ああ、いいよ、別に期待してないから」
「お母さんに何てこと言うのよ!」
響子が叱るように言う。
「ごめん、ごめん、俺が悪いよ。感謝してる。
忘れてくれよ、ごちそうさま」
そう言うと、昌幸は二階の自分の部屋に上がって行った。

そして、次の日。 またしても、弁当箱を開けると、
昨日と同じクリームコロッケが入っていた。
昌幸は、小さく溜息をついた。そして、一気にお腹にかきこんだ。

その3日後のこと。 午後からは、校内のマラソン大会が行われる。
学校をスタートし、近くの堤防伝いに神社まで行き、
折り返してくるという10キロのコースだ。
食べてすぐに走るというのは、身体によくないということから、
3限目が終わると昼食になった。
いつものように、5人くらいで机を囲んで弁当を食べる。
昌幸は、尚志がカバンから取り出したパンを見て言った。
「おお~美味そうじゃん」
それは、やきそばパンだった。ソースの匂いが漂ってくる。
昌幸はやきそばパンが好きだった。
でも、今まで2、3度くらいしか食べたことがない。
「いいだろ~、オレ毎日でもやきそばパンならいけるんだ。
それと、コレな」と言い、もう一つ、アンパンを取り出した。
昌幸は、さらに言った。
「食いてーなー」
「おお、いいぜ、交換してやろうか、弁当と」
「いいのかよ」昌幸は、もう口に中に唾液が出ていた。
「おお、交換な!」そう言うと、弁当箱を差し出す。
昌幸は、母親にちょっとだけ申し訳ない気がしたが、
やきそばの匂いの方が魅力に思えた

尚志が受け取った弁当箱のフタを開ける。
「おお~美味そうじゃん」
教室中に聴こえるほどの声を上げる。
「シャケ好きなんだよなぁ」
そう言うと、何人かが覗き込んだ。
「卵焼きも、いい色してるじゃんか」
「ごはんにまで、シャケそぼろがかかってるなんて、  
お前んとこのオフクロさん手が込んでんな~」

「え!?」
昌幸は耳を疑って自分の弁当を見た。
それは、昨日までの弁当とは違っていた。 いや、
中学に入学した頃は、いつもこんな弁当を作ってくれていた。
毎日、フタを開けるのが楽しみだった。
尚志が卵焼きに食らいつく。
「うめえ~」 「・・・」 「オレんちさあ、オフクロがいないから、
一度も弁当作ってもらったことがなくってさ。  
ううん、オヤジがさ、いっぺんだけ作ってくれたことあるんだけど、
メシがべたべたでさ。  不味かったって言ったら、
二度と作ってくんなくてさ。  ずっとパンなんだ。
昌幸がうらやましいぜ」
「そうか、よかったな」
「うめー、シャケも分厚くてサイコーだぜ」
昌幸は、心が重くて重くてたまらなかった。
なぜ、今日に限って、母親はいつもと違う弁当を
作ってくれたのか。
この前、自分が愚痴をこぼしたからに違いない。
そして、今日が、マラソン大会であると言っておいたから。
心のモヤモヤのせいからだろうか。
昌幸は3キロも走ったところで、脇腹が痛くなってきた。
そのうち、ほとんど走ることができなくなってしまった。
でも、よほどのことがない限り、先生はやめさせてくれない。
仕方なく、トボトボと歩き始めた。 1年生も交えた中で、
ほとんどビリに近いところでゴールした。

帰宅して玄関の鍵を開けると、そこに母親のカバン
が置かれてあった。
(え!? どうしたんだろう)
リビングに行くと、ソファに母親が横たわっていた。
「どうしたの?お母さん」
「あ・・・ああ、まーちゃん、お帰り」
「なに?気分が悪いの?」
母親は、掛けていた毛布をめくって起き上がった。

「ううん、ちょっとね。なんか風邪みたいで・・・
熱っぽいから昼過ぎで早退させてもらったのよ。  
あら、もうこんな時間。2時間も眠ってたのね」
「大丈夫かよ、医者に行かなくて」
「大丈夫、大丈夫、心配しなくても。どうだったマラソンは?」
「・・・う、うん、サイテー」
「そう、残念だったわね。まーちゃん足だけは速いのにね」
「・・・」 「お弁当箱、ちゃんと流しに出しておいてね。
昨日、出し忘れたでしょ。ご飯粒がこびりついて
洗いにくいからね」

「う、うん、わかった」
「・・・どう?美味しかった?」
母親は、ソファーに深くもたれながら昌幸の顔を見上げて言った。
それに、答えられない昌幸だった。急に呼吸が苦しくなった。
息を吸おうと思っても、上手く吸い込むことができなかった。
「どうしたの?まーちゃんも体調が悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。

お母さん、体温は計ったのか?」
「ええ、37度ちょっと。微熱だから大丈夫よ」
「この前、おばさんが持って来てくれたショウガ湯があったろ。
俺、作ってくるよ」
そう言うと、昌幸は台所へ小走りに行き、
やかんで湯を沸かし始めた。
母親の目をじっと見ることができなかった。
何かしていないと、泣きだしそうだった。
そして・・・嘘をついた母親に、背を向けて、大声で・・・。
「ものすごく美味しかったよ~弁当!ありがとうな!」…

終わり


Author :志賀内泰弘



『赤色エレジー』





『ごめんな』

立花修斗は、小学4年生。
修斗という名前は、父親が付けてくれたものだった。
「シュート」と読む。父親の治は、小学校から高校まで
ずっとサッカー部だった。 今は自分ではやらないが、
地元のJ1チームの熱烈サポーターだ。
もちろん、サッカーのシュートからきている。

いつだったか、学校でみんなでワイワイしていたとき、
「誰が名前をつけてくれたのか」とか、
「どういう意味でつけられたのか」という話になった。
修斗は、すかさず、
「サッカーのシュートのように、一発が決められる
大人になれるようにって  お父さんが
付けてくれたんだ」と言った。
最初は、「カッコイイ~」という声が上がったが、
タケシに、「お前、サッカー下手くそじゃん」と言われて、
修斗はへこんだ。その上、「シュートだったら、
バスケとかハンドボールだってあるぞ」と、
一番仲のいい勇樹にまで突っ込まれてしまった。

今までにも、父親の治に休みの日になると、
何度もサッカーの練習に公園へ連れて行かれた。
でも、ちっとも上手くならない。
ジュニア・チームに入る手続きを勝手に
すすめられたこともある。
その時は、母親に、
「スイミングスクールと両方は無理でしょ」と言われて、
父親は黙ってしまった。
水泳を習い始めたばかりだったのだ。

修斗は、気持ちの持っていきどころがなく、
ちょっと離れたところに座っていた女子グループの中の
玲花の方を向いて、みんなに聞こえるように言った。
「レイカってな、沢村玲花のレイカなんだぜ」
タケシがすぐに反応した。
「ええ~、2時間サスペンスに出てる女優だろ。  
たしか2回、離婚してんだよな」勇樹が言う。
「あっ、この前、ヌード写真集見た」

それを聞いた女子の5、6人が一斉に、声を上げた。
「いやだ~」 「バッカみたい」
修斗は続けて言った。
「玲花のお母さんに聞いたことがあるんだ。  
昔、お父さんが沢村玲花の大ファンだったんだってさ。
なんとかっていうアイドルグループの一員だったって。  
それで、お母さんが『そんなの止めてよ』って言うのに
レイカって付けたんだってさ」
「ホント~」 「ウッソー」と玲花は周りの女子から聞かれた。
玲花は、何も答えずに下を向いてしまった。

別に悪いことじゃない。女優と同じ名前でも。
修斗は、心の中で(しまった)と思った。
玲花は、同じマンションの隣の号室に住んでいる。
玲花の家族が、幼稚園のときに引っ越して来て以来、
家族ぐるみで付き合っている。
(告げ口をされたら嫌だな)と思った。
おそらく、離婚とか、ヌードとかいう言葉にショックを
受けてしまったのだろう。
ひょっとすると、普段から気にしていたのかもしれない。

告げ口うんぬんよりも、傷つけてしまったのではないかと
後悔した。
そこへ、授業の始まるベルが鳴った。
先生が、いつもより早く教室に入って来た。
ザワザワ、バタバタとみんなが席に着いた。
修斗は、帰り道で玲花を追いかけて、
「今日は、ごめんな」と言おうと思った。
ところがその日に限って、玲花は友達二人と一緒だった。
どこかで別れるのかと思ったら、そのまま
マンションまで付いて来た。
修斗は、10メートルくらい後ろから付いて行った。
本人以外に聞かれるのは恥ずかしかった。
「こんにちは~」 「おじゃましま~す」
友達二人は、玲花の家に上がった。

仕方なく、修斗は隣の自分の家に帰った。
翌朝。 修斗は家を出る前に母親に言われた。
「玲花ちゃん、今日、学校休むから待たなくてもいいって。
先生には電話してあるそうよ。
さっきゴミを出しに行ったらお母さんに頼まれて」
「なんで?」
「さあ、熱があるって言ってたわね。
たぶん風邪じゃないの」
マンション近くの公園で一旦集まり、集団で
登校することになっている。
時間が来て、いつもより1人少ない12人で
学校へと歩き始めた。

(昨日はなんともなかったのに・・・)
学校から帰って、友達と遊んでいたはずだ。
修斗は、いまさらながら、「あんなこと言わなけりゃ
よかったなぁ」と思った。
いつもなら、前の日に少しくらい嫌なことがあっても、
友達と遊んでいるうちに忘れてしまう。
少なくとも、給食の時間が過ぎる頃には、
何もなかったかのように。でも、今回は、なんだか心の中の
モヤモヤが、だんだん大きくなるのに気付いた。
そして、5時間目を過ぎる頃には、胸が苦しくなくなってきた。
(なんだよ、これ)修斗は、胸に手を当ててみる。
苦しいと思われる部分をさすってみた。
しかし、それは、ますます度を増すだけだった。

家に帰ると、母親に尋ねた。
「玲花どうだって?」 「知らないわ、朝会ってから、
お母さんとは話してないもの」 「・・・」
「気になるなら、お見舞いに行ってらっしゃいよ」
「いいよ、別に・・・風邪だろ」
そう言うと修斗は、勉強部屋の椅子に座った。
ずるりと、斜めになって窓の外を見た。
マンションの7階から見る空には、一筋の飛行機雲が
描かれていた。

(あ!)窓の外から、かすかにリコーダーの音が聴こえてきた。
修斗には、それを誰が吹いているのかすぐにわかった。
けっこう防音のしっかりしているマンションなので、
夜でも隣の号室のテレビの音さえも聴こえない。
でも、窓を開けていると、ベランダ伝いに聴こえてくるのだ。
ちびまる子ちゃんの、「おどるポンポコリン」だ。
それは、玲花が好きなアニメで、毎週欠かさずに
見ていることを知っていた。

「ピーヒャラ、ピーヒャラ」と、修斗はリコーダーの
音に合わせて口ずさんだ。
もちろん、こっちの声は隣の号室まで聴こえるはずはない。
(そうだ!)修斗は、勉強机の引き出しにしまってあった
自分のリコーダーを取り出した。 そして、
窓の外から聴こえてくる音に合わせて、
「おどるポンポコリン」を吹いた。
つっかえ、つっかえだったけれど。(!?)

数秒後。リコーダーの音が聴こえなくなった。
修斗は、それに気付いて吹くのを止めた。
目の前の目覚まし時計の針を見つめた。3秒、4秒、5秒・・・。
ものすごく沈黙の時間が長く感じられた。

修斗は、曲の最初から吹き始めた。またまた、
つっかえ、つっかえ。10秒ほど経ったとき、再び、
窓の外からリコーダーが聴こえ始めた。
修斗は、それに合わせるようにして夢中で吹いた。
心の中で、「ごめんな」と言いながら。

「ピーヒャラ、ピーヒャラ」のところが、
「うん、いいよ」と言っているように聴こえた。
修斗は、リコーダーを吹き続けた。
玲花の音に合わせて。繰り返し、繰り返し。

終わり

Author :志賀内泰弘


君は吉野の千本桜、色香よけれど、
気(木)が多い



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる







 
Furo611