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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない



Mousou









昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


『おじさんと痴漢

社会人1年目のちょうど今頃、朝の地下鉄車内で
痴漢に遭いました。
ものすごいラッシュで逃げようもなくて、
半泣き状態だったところ
「悪ぃな、ちっと詰めてくれや」と
大きなカゴを持ったおじさんが痴漢と私の間に
割り込むように立ってくれて
痴漢のおやじをぎろりと睨みつけてくれました。

その後、痴漢が電車を降りるとおじさんは
本当に小さな声で 「ああいうのはどうしようもねぇな。 
・・・すぐ気づかなくてゴメンな」。
ありがとうございます、と言うのが精一杯の私に
「俺も娘がいるんだよ、あんたもお父ちゃん
大事にしてやってくんな」 と照れ笑いしていたおじさん、

本当にどうもありがとう。
私は小さいころ父親を亡くしていたので、
天国の父が助けにきてくれたようで
実はその後、嬉しくてちょっと泣いちゃいました。
東京の日比谷線でのことでした。
おじさんは築地まで行ったのかな・・・。




『旦那の写真を見た友人が、
予期せぬ事を告げる 』





『忘れられない 笑顔

俺が中坊だったときのこと。
とても仲の良い女の子がいた。
彼女は学校でも評判の可愛い娘だった。
しかし、浮きだった噂も無く純情な娘だった。
彼女は俺と話すとき、いつも笑ってくれていた。
当然のように俺は彼女に惹かれていった。
一緒に映画を観に行ったり、
カラオケにも行ったりした。
クラスメイトからはよく『お前ら付き合ってるのか?』
と言われたりしたが、付き合ってはいなかった。

彼女は遊びに行くときだって笑顔が絶えなかった。
俺はそんな彼女のことが本当に好きになった…
いや、愛していた。
『恋は下心、愛は真心』という言葉を
耳にしたことがあるが、正にその通りだな(笑)
高校も同じトコへ行こうと約束していた俺たちは、
いつでもこのままいられると思った。
だが…彼女の様子がおかしくなったのは。
中坊時代最後の3学期が始まってからだ、

彼女は学校であまり笑顔を見せないようになった…
無論、俺にも。
そんな様子が続いていたから当然俺はとても心配した。
だけど何もできなかった…
笑っていない彼女を見るのが辛かった…。
そしてそのまま迎えた2月14日。

彼女は俺を近くの公園へ呼び出し、
チョコレートをくれた。
最高に嬉しかったが、何故か彼女は
泣いているような気がした。
そのまま言葉も無くすぐに帰ってしまったので
確定できなかったが、間違いなかった。
俺はそれよりも彼女からチョコレートを
貰えたことに感動し
その日はずっと家でそれを眺めていたんだ…。

………馬鹿だった…。
次の日、学校へ行くと彼女は欠席していた。
先生の口からは絶対に信じたくない言葉が発せられた。
その瞬間、俺は教室から飛び出し、
彼女の家へ向かった。
遅かった…彼女は両親の離婚が関係し、
転校したんだ。
もうあの日々は二度と経験できないと思うと
涙が出てきた。

それから、彼女の友達からこの言葉を聞いた。
『あの娘、あんたのこと好きだったみたい。
いつも楽しそうにあんたのこと話してたよ。』
俺は彼女のあの最高の笑顔を
絶対に忘れない…いや、忘れたくない。



『富士山の思い出』

中1の時、仲の良い友達4人で富士山に登った。
中学生同志で富士山に登るなんて、
今考えたら変な話だが、
休み時間に『やっぱ日本一には登らんと』という
よくわからん理由で 夏休みに登りにいった。
俺を含め3人は普段運動が得意で
頭が弱い典型的なスポーツ馬鹿だったが、
あとの一人はどちらかというと運動オンチで体も弱く、
俺達はそいつには行くのを止めるように勧めた。
そいつも『足手まといになるのは嫌だな』と言いながら、
ちょっと悲しい顔をした。

その日の夜、そいつの(S)の母親から電話があって、
『一緒に登らせてやれないかな?』と言われ、
俺はちょっと躊躇したが他の2人を説得するのを
約束して電話を切った。

次の日の朝、Sは『昨日おかんが変な電話したらしいけど、
ゴメンな』と申し訳なさそうな顔で俺に話し掛けてきた。
『ええやん 一緒に登ろうや!』と言うと、
『ほんまに?』と満面の笑みで喜んだ。

待望の夏休みになり、4人で富士山の
五号目まで行くバスに乗って、富士山を目指した。
4人ともやけに興奮していて しゃべり続けていた。
特に普段4人のツッコミ役でボソボソとしか
しゃべらない(S)が一番大きな声でしゃべっていた。

5号目~6号目~7号目までは登山とはいえ、
まだ緩やかな坂道で(S)君も息を切らせながらも
なんとか登っていたが、
7号目~8号目になると斜面もきつくなり、
みんなでSのペースに合わせながら一緒に登った。

8号目につくと今日の寝床がある。8号目の宿だ。
そこで夕飯をとる、といってもレトルトのカレーだったが、
うまいうまいといいながら、みんなで食べた。
飯を食った後、砂まじりの布団に潜り込み、
『明日は晴れて ご来光が見れるとええな!』などと
はしゃいでいた。
俺はちょっと青白い顔をしていたSが心配になり、
『大丈夫か?』 と聞くと、
『大丈夫や!』と青白い顔をしてSは答えた。

(S)君に起こされ、夜中に宿を出る。
夜が明けるまでに頂上にたどりつくためには、
夜中に出ないと間に合わない。

9号目に差し掛かったところでSがうずくまって
歩けなくなった。
どうやら酸欠状態になったらしく、
俺は8号目の宿まで 酸素の缶スプレーを買いに戻った。

S君は苦しそうにしていたが、大分マシになり、
再び頂上を目指し始めた。そしてようやく
頂上についた。
頂上ではご来光を拝むための人だかりができていて、
俺達もそのなかに混ざった。
数分後、空が白みはじめると、
雲の中から太陽が姿をあらわした。

『スゴイな』と俺が言うと(S)は嬉しそうに
『うん』と言った。
その時の喜びは今まで生きてきた中でも最高だ。

高校になると、4人ともバラバラになり、
(S)は親の都合で東京に引っ越した。
高校に入ってからも、他の3人とはちょくちょく会い、
(S)とはたまに電話で近況報告をしたりしていた。

(S)はいつも自分の近況報告はせず、
富士山の時の思い出話をすることが多かった。
その後、俺は浪人生で受験の真っ只中、
(S)に連絡することも忘れていた時に
(S)の母親から連絡があった。

『今日息をひきとってな。。。
あの子、いつも富士山の時の話ばっかりしてたわ 
ありがとうな ありがとうな・・・・』と泣きながら
俺に礼を言っていた。
俺が『死んだってどういうことですか!?』というと
(S)の母親は話をしてくれた。

(S)はすでに高1の終わりに、病気で高校に
行けなくなり、ずっと家で静養していて、
ここ数ヶ月はずっと状態が悪く、
今日息を引き取ったということだった。

電話を切った後、不思議と涙は出なかった。
というより、急過ぎてなにが起こったのか
わからなかった。
数日立ってから、富士登山の時の
写真をみたときに涙があふれてきて、
涙が止まらくなった。

(S)が『うん』といったあの時の
嬉しそうな顔は今でもあの時のまま、
俺の記憶に焼き付いている。……



『リストラされ離婚を覚悟していた私



人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから……



時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる





P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

furo