流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・一樂編

妄想劇場・一樂編

信じれば真実、疑えば妄想


昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

 

Mituo 人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ 

 
 

 
 『大当たり!』

「大熊君、ちょっと今、いいかな」 「はい」
「役員室に来てくれないかな」 「はい、ただいま!」
「当たりだよ!それも大当たり」 「え?」
「いいから、いいから見ればわかる」
電話の主は、社長の田中だった。突然の呼び出しだ。
椅子の背もたれに掛けてあった上着を羽織り、
部屋を飛び出した。
(機嫌が悪そうな感じはなかったよな。いや、珍しく上機嫌だ)
エレベーターのボタンを押したものの、
踵を返して階段を駆け上がった。

大熊新三郎は、大手食品メーカーの人事部長をしている。
この数年、その大熊を悩ませているのが、新人教育だ。
有名校を卒業し、学業成績も優秀。
「ぜひ」と思って採用したものの、社会人として全く通用しない。

もちろん、入社前に一通りの社員研修を行う。
名刺の渡し方、取引先との挨拶、
タクシーや宴席での上座・下座など、
「当たり前」のことを教える。いわゆる接遇訓練である。

しかし、いざ現場に配置すると、
そのほとんどが使い物にならない。
研修で習ったことはきちんとやる。
しかし、ちょっとイレギュラーなことが起きると、
対応できないのだ。

こんなことがあった。 営業に配属された新卒の男性社員。
早速、課長のお供で夜の接待に出掛けた。
一軒目の料亭で食事を終え、
タクシーに乗ろうとしたときのことだったという。
接待していた商社の社長よりも、
お付きの女性秘書が先にタクシーに乗り込もうとした。
それを見て、新人君は、
「あっ、社長!どうぞ先に」と言い、
秘書が乗りこもうとするのを腕で制して止めた。

社長は、「ああ、いいんだよ。
僕は後から乗るから」と言ったが、
それでも、「いえいえ、それが決まりですから」と言い、
秘書を無理やり降ろさせた。
「いや、私は後でいいから」と言う社長の背中を押した。
社長は、渋々という感じで苦笑いをして
タクシーに乗った。 その後の一言がいけなかった。
「社会人としての基本ですから・・・」と、
秘書の行動を暗黙に非難するような態度を取ったという。
翌朝、その女性秘書から、営業課長宛に
クレームの電話があった。

「わたくしが何を言われてもかまいません。
昨夜、あの場では申し上げるのも無粋と思い従いましたが、  
社長は大変困っておられました。
ここだけのお話にしていただきたいのですが、  
ここのところ社長はお尻の病気の具合が悪くて、
車に乗る際には乗り降りし易いようにと、  
最後に乗るよういしていらっしゃるのです。

ご自宅にお送りする車の中では
『まあまあ、新人さんのことだから・・・』と
おっしゃっておられましたが、今後のこともございますので、  
失礼かとは思いましたが電話させていただきました」

臨機応変ということができないのだ。
タクシーに乗るとき、一番の上座は、運転席の後ろ。
そう教えられると、それしかできない。
「おや?」「なんで、秘書が先に
乗り込もうとしているのかな?」と、察すること、
空気を読むことができない。

その空気とは、どうしたら読むことができるのか。
それは、「思いやり」だ。相手が何を欲しているか。
欲していることをしてあげる。
それが、人との付き合いで一番大切なことだ。
しかし、その「思いやり」は、一朝一夕には身に着かない。
いくら社員研修をしても、「思いやりを持て」と言っても、
その人の資質は変えられないものだと痛感していた。

かといって、それを変えるのが、
人事部長の仕事なのだが・・・。

社長室をノックすると、いきなり、
「大熊君、大当たりだよ!」
「え?!何がでしょうか」
「今度の採用試験だよ」
「ああ・・・特別枠の・・・」
大熊が口にした「特別枠」とは、社長が言い出した
「特別枠採用制度」のことだった。
学力は一切関係なし。もちろん、出身校も、
今まで何をしてきたかも関係ない。

「素行」というポイントにだけに絞って、採用する制度だ。
これは、田中社長の提案で昨年からスタートした。
とはいっても、初年度なので、まず3人だけ。
毎年、30人近くの新卒採用をすることから考えると、
1割にも満たないが、それは冒険だった。
まったくの「おバカ」でも採用することになる。
吉と出るか、凶と出るか。
それはまるで「賭け」のような採用制度だった。

では、何を見て、「素行良し」と判断するのか。
社長いわく、「家庭のしつけ」だと言う。
そこで、面接試験当日、受験者全員にランチに
「お弁当」を食べさせる。チェック項目は、わずか2点。

一つは、「いただきます」と「ごちそうさまでした」を
言うか言わないか。
いま一つは、箸の持ち方。正しく、箸を遣って
ご飯が食べられるか。
改めて、「握り箸」になっている若者が多いことに驚いた。

社長は言う。「古臭いと言われるかもしれんがな、
ちゃんと日常の生活ができん者が、  
社会で仕事はできんと思うんだな。勝手で申し訳ないが、  
この採用方法で私に3人の枠をくれんかな」
そう言われて始まった制度だった。

「大熊君、ちょっとこっちへ来たまえ」
大熊は、社長の田中に腕を掴まれて、秘書室へ行った。
社長以下、専務、常務など役員の世話をしている
7人の秘書が仕事をしていた。
それを、ドアの陰からこっそり見やった。

「あの娘じゃよ、あの娘」
社長が指差したのは、今年、特別枠で採用された女性だった。
斉藤朱音(あかね)だ。
社長から、「ぜひ、この娘を」と言われたとき、
ささやかではあるが抵抗したのを覚えている。
筆記試験がボロボロだったのだ。社長が、小声で言った。
「よく見ててごらんよ。大当たりだから」 「はあ~」
その時、秘書室の電話が鳴った。1コールが鳴った瞬間、
斉藤朱音が受話器を取った。 おそらく、0.何秒だろう。

「はい、たいへんお待たせいたしました。
銀座食品工業の秘書室、斉藤でございます」
大熊は、社長が何を言わんとしているのか
皆目見当がつかなかった。
「いつもいつもお世話になっております」
斉藤は、そう言うと、電話に向かってペコリとお辞儀をした。
それも、机に頭をぶつけるのではないかと思うほど、深く。
そして、「はい、専務でございますね。
たいへん申し訳ございません。  
あいにく、ただいま外出しておりまして・・・」

横顔ではあるが、その表情を見て、
思わずクスリと笑ってしまった。
本当に「申し訳ない」という顔つきをしているのだ。
もし、自分が、会社に文句を言いに来たクレーマーだとしたら、
「いいや、許してやる」と言ってしまうそうになるような
顔をしているのだった。

「どうかな」 「はい、たしかに丁寧ですね」
「ううん、そうじゃない。
たしかに、電話に向かってお辞儀をするのは心の現れだろうな。  
それにな、秘書室長に訊くとな、
すべての電話を一番で取るんだそうだ。  
他の秘書も負けまいとして頑張るけれど、
勝てないらしい」 「ええ~」

大熊は、改めて斉藤の顔を見つめた。
「違う、違う、大熊君。そいうことじゃないんだ。  
気がつかんかったか?」 「え?」
「最初に、あの娘はこう言って電話を取ったろう」
「・・・?」 「たいへんお待たせいたしました、てな」
「ああ・・・」たしかに、そう言った。
しかし、大熊は社長の意図するところがわからなかった。

「私はね、彼女が初めてそれを言うのを耳にしたとき、
何だか違和感を覚えたんだよ。  
だってな、イの一番で電話を取るんだよ。
相手を待たせてはいない。  
まあ、3コールくらいだったらわかるけどね」
「そういえば、ちょっとおかしいですね」
「そうだろう」 「改めさせましょう」
「違う、違う、そうじゃないんだよ。この前な、
あまり気になったんで、直接訊いてやったんだ。  
そうしたら、キョトンとしてこう答えるんだよ」
「はい・・・」

「電話をかける人は、かける前から相手の顔を
思い浮かべているっていうんだな。  
会社の固定電話にしても、ケータイにしてもな。
電話番号帳を調べたりしている間にも。  
早く用件を伝えたいと思う。
ケータイに登録してあれば、親指でアドレスを探す。  
なかなか見つからないこともある。
すると、イライラする。そんなことはないかね」

たしかにある。大熊は、電話をかけるときの気持ちを
改めて思い起こしてみた。
中には、名刺ホルダーからその人の名刺を探したり、
相手の会社のホームページを調べたりすることもある。

「つまりな。彼女が言うには、電話が繋がったときには、
相手は充分に待った後だと言うんだ。  
だから・・・『たいへんお待たせしました』って
言ってあげたい。  
こちらの怠慢で待たせたわけではないけれど、
それでもそう言いたいんだそうだ」
「変な理屈のような気もしますが、わかる気もします」
『なんで、そんな言い方をするんだい?』と訊いたらな、
こう言うんだ。  
小さい頃から、お婆ちゃんに教えられたってな。
さらに、『そのお婆ちゃんて、何をしていた人?』て訊くと、  
デパートのお客様相談室で働いていたことが
あるっていうじゃないか」
「・・・!」 「大熊君! あの娘、ひょっとすると大当たりだよ」

大熊は、今まで、考えてもみなかった電話対応の言葉に、
言葉を失った。
そして、それを、社内全体に広めるべきかを考えていた。
心の中で、つぶやいた。
「たいへんお待たせいたしました」と。

斉藤朱音が、両手でそっと受話器を置くのが見えた。
その仕草を見るだけで、心が安らぐ気がした。
なぜなら・・・。まるで、
赤ちゃんをベッドに寝かせるように、
そっとそおっと置いたからだった。


《終わり》

Author :志賀内泰弘

 
歌は心の走馬灯、
 歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…

 
純情二重奏
作詞:西條八十、作曲:万城目正、

森の青葉の 蔭に来て
なぜに淋しく あふるる涙
想い切なく 母の名呼べば
小鳥こたえぬ 亡き母こいし



 
松竹の歌謡映画『純情二重奏』の主題歌。
監督は佐々木康で、
声楽家への夢を抱く栄子を高峰三枝子
ライバルの八千代を木暮実千代が演じました。
劇中で効率よく使われた結果、
大ヒットし、歌手・高峰三枝子
確立した曲でもある。

 
誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから…… 

 
時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる








P R

きれいなお風呂・宣言 

お風呂物語

furo