流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

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 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


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今日という日はプレゼント
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父親の嘘
うちの父親の口癖は
「俺が嘘を付いた事あったか?」だった。
その口癖通り、父親は絶対嘘をつかなくて、
約束を守れない時も必ず事前に謝りを入れてくれた。
仕事熱心で、周りからも慕われてて、
家族思いで休日の家族サービスも忘れない
尊敬できる父親だった。

大人になるならこういう人になろうと
ずっと思っていた。
ある日小学四年だった俺が家に帰ると、
父の仕事先の上司が来ていた。
普段俺の家にこない人達だったから、
何かあったのかな?程度の事は
考えたけど、それ以上の事を考える思考力が
当時の俺には無かった。

その人達が帰った後気づいた事だが、
仕事の一番忙しい時間帯なはずなのに、
父が家に居る。
しかも部屋で寝ているらしい。
例え高熱を出しても仕事を休まない父なのに、
おかしいなとは思ったんだ。
その一時間後、父は吐血して、
病院に運ばれた。

上司の人達が来ていたのは、
どうやら仕事中に吐血して、
一度病院に運ばれたらしい。
医者は即入院と診断したらしいが、
父は仕事に行くと言い続けたせいで、
仕方なく薬を処方し落ち着くであろう家で
休養を取ることにと言う事になったらしい。

そして帰されたのだが、案の定また吐血、
母がすぐに病院に連絡し、
救急車が来て病院に運ばれた。
勿論小学生四年の俺はそんなの見るの初めてで、
小学生二年の妹を抱き締めて、
茶の間の隅で震える事しか出来なかった。

でも父親が辛そうで、怖くなって駆け寄った。
「大丈夫?お父さん」って聞いたら、
凄く辛そうなのに、真っ青な顔をしているのに
「大丈夫、すぐに戻ってくる」って言うんだ。笑顔で、
思わず「大丈夫じゃないよ!」って言った。
そしたら「俺が 嘘を付いた事が あったか?」って、
ソレ言われたらさ、信じるしか無いじゃん。
もう俺も泣きじゃくって声も出なくなったけど、
頷く事しか出来なかった。

母はその日の晩から父に付き添う事になって、
俺と妹は知り合いの家に預けられた。
周りの人は「強い人だから大丈夫」って励ましてくれた。
俺も何も考えられない訳じゃ無いし、
父親はもう長くない、
周りは俺達を気遣ってくれてるんだなって事には気付いた。
だから、俺も笑顔で
「うん、お父さん強いもんね」って言った。
色んな事が不安だったけど、妹を泣かしたく無かったし、
俺が強くなきゃと思えた。

でも次の日父は死んだ。
病院でも、家に帰るって、子供が居るんだって、
二人にしておけないって。
ずっと俺達の事気遣ってたらしい。
授業中に、担任に呼ばれて、教えられた時は、
本当に腰が抜けて、病院まで走った。
病院のドアを開けたら、もう父は息をしてなくて、…!!
何でもっと一緒に居させてくれなかった、
何でもっと早く教えてくれなかったって、
ずっと泣いた。泣きじゃくった。
父親の最初で最後の嘘がこんな形なんてのは
辛すぎる…!!


お別れ会



親友からの電話。
「足が痛いから入院するよ。
たいしたことはない、一週間くらいだって」
笑いながらの連絡だった。
「そっか、がんばれよ」まあ日常的な会話。
その時たいして気には止めなかった。

一週間後、まだ入院してるとのこと。
エロ本を土産に病院を訪ねた。
病室に入るとそこには右足の無い親友がいた。
いっきに視野が狭まり、親友が見えなくなった。

その日の夜、久しぶりに自転車で
一緒に通った高校まで走ってみた。
16年前と景色はさほど変わりない。
田んぼ道、涙が溢れて止まらなかった。

もうその親友はいない。癌だった。
足を切断しても全身への転移は
止められなかったらしい。
でも親友は死ぬ直前まで
生きることをあきらめてはいなかった。
死ぬ前の日、「足が痛いんだ。
退院した後困るからさすってくれよ」
「今まで親に迷惑かけたからさ、
退院したら家の事業継ごうと思うんだ。
帳簿だけでもつけれるようになりたいから
簿記教えてくれよ。」
がんばってた。すごくがんばってた。

その日から自分自身、
がんばるって言葉を使わなくなった、
というか使えなくなった。
親友に失礼で・・
何十年後か死んだら、
親友に会うことがあるだろう。
「いい人生送れたかい?」と聞かれたら、
「うん、がんばったよ」と言えるような
人生を送りたい。・・・。


嫁の連れ子



全部俺の責任なんだ。…!!
息子の学校へ忘れ物を届けに行ったとき、
学校は中休みで、子供達は校庭で遊んでいた。
正面玄関を抜けた所にある花壇で、
軽い障害のある子が、上級生に囲まれて泣いていた。

その中のリーダー格の一人が
「やれよ、時間がねえんだよ。
やんなきゃ殺すぞ。」と凄んでいた。
頭にヘッドギアをつけた、
おそらくは肢体不自由の他に
知的障害もあるであろう、

特殊学級の男の子が、
しくしく泣いているその姿に勝ち誇るかのように、
そう言い放っていたのは、俺の息子だった。

俺は背後から息子の髪を掴んで叩いた。
まさかここにいるわけのない父親の顔を見て、
信じられない表情の息子の胸ぐらを掴んで立たせて、
顔面を殴った。
生まれて初めて親父に殴られた恐怖に、
顔をこわばらせる息子に、
「時間がねえんなら、てめえがやれや。」と
俺は言った。

俺は息子をてめえなんて呼んだことはないし、
ましてや殴ったこともなかった。
小さいときから、情操教育に気を使い、
人に優しくあれと教えてきた。
小さい子、弱い者を守ることの美徳
教えてきたつもりなのに。

こんな陰湿ないじめをするように育ったのは、
俺の責任だ、そう思ったら、
くやしくて、情けなくて、また息子を殴った。
鼻血を出してうずくまる息子を見下ろして
仁王立ちになった俺を、
職員室から飛び出して来た担任が止めた。

帰り道で涙が止まらなかった。
全部俺の責任なんだ、
そう思うといたたまれなくなった。
小学校の高学年から高校まで
いじめられていた俺の、おれの息子が、
あんなことをしていたなんて。…!!



人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ


誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから。


時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる










P R

きれいなお風呂・宣言 

お風呂物語