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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 
幹を支える根 根はみえないんだなあ


Kobanasi_3


『油屋の娘』 (百物語)

むかしむかし、ある村に、魚釣りの好きな三人の男がいました。
ある日のこと、三人が夜に川で釣りをしていると、
川むこうにボーッと赤い火が浮かびあがりました。
「なんだろう?」三人が不思議に思って見ていると、
火はパッと消えてしまいました。
「よし、わしが何の火か調べてやる」と、三人のうちの
一番勇気のある男が、小舟に乗って向こう岸へ渡ってみました。

火の燃えていたあたりに行ってみると、一軒のあばら屋があって、
中へ入ってみると美しい娘がたった一人、うつろな目をして
座っているのです。
「あの、道に迷って困っておるので、今晩ここへ
泊めてくださるまいか?」男が声をかけると、娘は急にこわい顔で、
「ここは恐ろしい鬼の家です。早く逃げてください!」と、言うのです。
「いや、そうは言われても・・・」娘が何を言っても聞かない男に、
娘はしかたなく奥の部屋へ案内しました。そして、
「どんなことがあっても、決してここから出てはなりませぬ。
出れば殺されます」と、言うのです。

さてその晩の事、男が奥の部屋で寝ていると、
「きゃあーー!」と、いう、女の悲鳴が聞こえてきました。
「何事だ!」男はとび起きて部屋をとび出そうとした時、
娘の言葉を思い出して仕方なくそっと戸を開け、
隣の部屋をのぞいてみてびっくり。

何と、大きな赤鬼が燃えさかる火の上で、
娘を火あぶりにしているではありませんか。
「むごいことを・・・」さすがの男も、足がすくんで動けません。
そうするうちに、パッと火が消えて、同時に
赤鬼の姿も消えてしまいました。

「だっ、大丈夫か!」男は娘のそばへかけよって、
抱きあげました。娘はぐったりしていますが、
不思議なことに、どこにも火傷をしていなかったのです。
「これは、どうした訳じゃ?」と、男がたずねると、
「私は大阪の油屋の娘です。父がお客に油の量を
ごまかして売るために、私は毎晩、こんな目に
あわされているのです。

お願いです。私の家へ行き、家にある油を全部、
高野山のお寺に寄附するよう、父に頼んでください」
そう言うと娘は、証拠の印に自分の片袖をちぎって渡しました。
「よしわかった! 任せておけ!」
男はさっそく、その片袖を持って大阪の娘の家へ行き、
主人に事の次第を詳しく話したのです。

ところが主人は、
「そんなばかな、娘は病気で寝ておるのじゃ。とても外へなど、
出られるはずがない」と、信じてくれません。
しかし男の持ってきた片袖は、まぎれもなく娘のものです。
主人は念のために、座敷の布団に寝ている
娘の着物を見てみました。
「あっ!」なんと娘の着物の片袖が、ちぎれて
なくなっているではありませんか。

主人はさっそく店の者に命じて、家にある油を全部、
高野山のお寺に持っていかせました。
すると不思議なことに、娘の病気はけろりと
なおってしまったのです。
「ありがとうございます。おかげで娘が救われました。
どうかこの油屋の跡取りとして、これからも娘を守ってください」
喜んだ主人はその男を娘の婿にむかえ、
それからはみんな幸せに暮らしました。

おしまい



『 夜泣きのあかり』 長野県の民話

むかしむかし、信濃の国(長野県)に、
満願寺(まんがんじ)という小さな山寺がありました。
このお寺には夜中のうしみつ時に、かならず山のお堂に
明かりをつけにいくという、古くからつたわっている
しきたりがありました。
このお堂の明かりは高いところに灯(とも)されるので、
ふもとの村からもよく見えます。

さて、ある日の事、寺に一人の子どもがつれてこられました。
この子の父親というのは、長いあいだの浪人ぐらしで、
今ではもう、その日の食べる物にさえこまるようになってしまい、
「どうか、この子をりっぱなお坊さまにしてくだされ」と、
この寺にあずけたのでした。

和尚(おしょう)は新しい小僧がきてくれたので、
とても喜びました。と、いうのも、ちょうど今までいた小僧が、
夜中の明かりをつけにいくのをこわがって
逃げ出した後だったのです。
和尚はさっそく、子どもの頭をきれいにそって
寺の小僧にしました。

次の朝、和尚は明かりをつける小さなお堂まで、
小僧を案内しました。
そのお堂というのは、お寺の裏山の奥の高いところにあって、
そこまでいくには、いくつもいくつも暗い岩穴をくぐって、
のぼっていかなければなりません。
和尚でさえ、気味の悪いところです。

今度きた小僧も、昼でさえ気味のわるいお堂まで、
ま夜中に小さなちょうちん一つで行かされたのです。
木の枝がえりにひっかかっり、岩穴をくぐりぬけるときなどは、
コウモリがバタバタと飛び回ります。
小僧はこわくてこわくて、お堂へ明かりをつけにいくたびに、
ふるえて泣き出しました。

それでも和尚は、
「なにごとも修業(しゅぎょう)じゃ。しんぼうせい」と、言うのです。
ところがある晩の事、小僧はあんまりこわいので、
明かりを灯さずに帰ってきました。
さあ、その事がわかると和尚はおこって、
小僧を木の棒で何度も何度もぶったのです。

ところが打ちどころが悪くて、小僧はそれっきり死んでしまいました。
ビックリした和尚は、人に見つからないようにお堂の下に
小僧の死体をうめて、「やれやれ。また小僧が逃げ出してしもうたわ」
と、知らん顔をすることにしたのです。

ところがその晩から、不思議なすすり泣きが、
毎晩毎晩、寺の裏山から聞こえてくるようになりました。
とても悲しそうな声で、それを聞いた寺の人間は、
「いったい、どこから聞こえてくるのじゃろう?」
「あまりにも悲しい声で、あれを聞くと寝ることができん」と、
話していました。

ある晩、寺男(てらおとこ→雑用係の人)と坊さんたちは、
そのすすり泣きを聞いているうちに、
いてもたってもいられないようになって、みんなで
裏山へでかけたのでした。

手にちょうちんを持って泣き声のする方へ行くと、
やがて木のあいだから、小さな明かりが見えてきました。
「あれは、たしかにお堂の明かりだぞ」
「不思議な事じゃ。小僧がおらんのに」
みんなは思わず足をはやめて、お堂に近づいていきました。

山のお堂には、だれもつけに来ないはずなのに、
明かりがゆらゆらとゆれていたのです。
次の朝、その話をきいた和尚は急に怖くなって、
殺した小僧の供養(くよう)をしました。

だけれど、すすり泣きは止まらず、毎晩うしみつ時
(およそ、今の午前二時から二時半)になると、
お堂にはちゃんと明かりがつくのでした。

さて、あくる年の事。
ふもとの村に、一人の侍(さむらい)がたずねて来ました。
かわいいわが子を寺にあずけた、あの父親です。
その日はもう日がくれていたので、ふもとの
百姓(ひゃくしょう)の家に一晩とめてもらいました。
夜になって、山の上にゆれる明かりを見ると、
「ああ、あの子もりっぱに、つとめをはたしておるわい」と、
喜びました。

ところがその晩のうしみつ時、侍は不思議なすすり泣きに、
ふと目がさめました。見るとまくらもとに、
頭をきれいにそったかわいいわが子がすわっています。
名前をよぼうとしましたが、金しばりにあって声がでません。
声だけでなく、起き上がることも出来ないのです。

あくる朝、父親は奇妙な話を聞きました。
「この山へいきますと、昼でも山のお堂のほうから、
すすり泣きの声が聞こえてくるんですわ。
それがまるで、だれかをしとうて泣いておるような、
あわれな声でのう」

「もしや!」
父親は刀をつかむと、大急ぎで山寺へのぼって行きましたが、
二度と山をおりては来ませんでした。
そしてその夜から、お堂の明かりはつかず、
その代わりにまっ暗な満願寺の裏山には、
毎晩三つの火の玉が出るようになったという事です。

おしまい



『三匹のクマ』)(イギリスの昔話




誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、言い訳になるから……。


Mituo人の為 と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ 

  
 
 
時は絶えず流れ、 
  今、微笑む花も、明日には枯れる  



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、
  そばで地蔵が食べたがる 
 



P R

    カビの生えない・きれいなお風呂

    お風呂物語

入れてもらえば気持ちは良いが、
  どこか気兼ねなもらい風呂


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