流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……

 

Mituo昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー

 
 
 
 
 
誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……


一目惚れしたのは、私が先よ、
手を出ししたのは、あなたが先よ


『奇跡の旅』

「奇跡だ…」
木村隼人は、駅前のビジネスホテルの前で、
傘を差そうとして思わず呟いた。
「こんなことってあるのかよお」
そんな彼を、通りすがりの女子中学生たちが
クスクスと笑いながら振り返った。

あれはちょうど2年前の4月1日のことだった。
はっきりとそのことを覚えているのは、
東京本社で転勤の辞令を受け取った
その日の出来事だったからである。

隼人は、大手のスーパーマーケットに勤めている。37歳。
妻と小学6年の男の子がいる。
本社採用で、 この10年は新規店舗の
立ち上げのセクションにいるため、
人事異動のたびに日本各地を転勤している。

子どもが産まれてから5回も転勤になった。
小学校に上がってからも3回。
せっかく友達ができても淋しい思いをさせてしまっている。

すでに10日前に福岡への転勤の内示が出ていた。
仕方がない。 紙切れ1枚でどこへでも
飛んでいかなくてはならないのが、 サラリーマンの性である。
しかし、今回は息子の和也が東京の私立中学に
進学することが決まっていた。 いまさら転校の
手続きは困難である。

「今度はオレ一人で行ってくるわ」と言うと、
妻の詩織は喜んでいるのか悲しんでいるのか、
どちらともとれないような複雑な笑みを浮かべて言った。
「そうね。お願い」

その日は朝から、今にも降り出しそうな曇り空だった。
風も冷たい。こういうのを「花冷え」というのだろう。
あちこちの満開の桜が凍えそうに見えた。

本社人事部に出社して辞令を受け取ると、
その足で博多行きの新幹線に乗るため、
東京駅に向かわなければならない。
「実は、エイプリルフールでした」 なんて
テレビのドッキリみたいに誰かに言って
欲しい気分だった。

家族と離れて暮らすのは初めてなだけに
淋しさが募る。
本社ビルを出るとき、ばったり会った人事部長に
肩を叩かれた。
「木村! 単身だってな。心配するな、  
2年で東京へ栄転させてやる。頑張って来い」
「はい」
そう返事するのが精一杯だった。

表に出ると、雨がポツリポツリと落ちてきた。
「おいおい、雨の日の旅立ちかよ」とついつい
弱音が口に出る。
出掛けに詩織が持たせてくれた傘を差して歩く。
手元を見ると、和也の名前がマジックで書かれていて、
消えないようにとセロハンテープでグルッと巻かれていた。
和也の顔を思い浮かべる。

「いかん、いかん。頑張ろう」
隼人はそう口にして歩幅を早めた。
強くなり始めた雨足の中を、桜の花びらが
傘の上に舞い落ちてきた。
その時、目の前のファミリーレストランの前に、
一人のお婆さんが座りこんでいるのが見えた。
足元には、ボストンバックとデパートの
大きな紙袋が置いてある。
心細そう表情で空を見上げていた。

隼人は何だか気になり近づいて声をかけた。
スーパーの店内では、日常茶飯事のように
体調が すぐれずに倒れる高齢者がいる。
そのため、無意識に足が向いたのだった。
「あのう、どちらまで行かれるんですか」
「あ、はい。娘の家まで」
「この近くなんですか」
「はい、歩けば10分くらいなのですが、  
傘をさっき乗ったタクシーに忘れてきてしまって」

ここが自分のスーパーなら、そんなお客様に
お貸しする傘もある。 何とかならないかと考え、
近くにコンビニがないかグルッと見回した。
日頃、「どうしてこんなに辻々にあるのか」と
不思議に思うコンビニが、 こういう時に限ってない。

「いいんですよ。止むまで待ちますから」
「でも、この寒さです。身体にもよくない。
それに明日の朝まで止みそうにありませんよ。  
僕がこのレストランに事情を話して
貸してもらえる傘がないか聞いてきましょう」
「いえいえ、そんな・・・」
「かまいませんよ、ちょっと待っててね」と言い、
隼人はレストランのドアを押した。
いや、押そうとして踵を返してお婆さんの方を
振り向いた。
「お婆さん、もしよかったら、この傘使ってよ」

「え…でも、あなたはどうなさるの」
「この先の駅から電車に乗るんです。
走れば大したことないです。  
それに、その後は新幹線です。
かえって傘は手荷物になって面倒だしね」
「じゃあ…傘はどこへお返ししたらいいんでしょうか」
「いいんですよ。また傘がなくて困っている人がいたら
貸してあげてください」
そう言うと隼人は、お婆さんに傘を手渡すと、
駅まで駆けて行った。

あれから2年。 再び東京への転勤の内示をもらい、
すでに単身赴任用の社宅は引き払った。
3月31日。今日で福岡での引継ぎは終わる。
明日からは家族と一緒だ。
明日、人事異動の辞令を受けるために、
今日中に東京に戻らなくてはならない。
2泊した駅前のビジネスホテルを出ようとすると、
外は雨になっていた。

フロントで、傘を貸してくれないかと頼むと、
社員の置き傘があるという。
「古いものだけど、これでよければ」と渡された。
表に出て、その傘を差そうとして思わず声が出た。

「奇跡だ…」 「そんなことってあるのかよお」
それは、2年前の4月1日。 東京のファミリーレストランの前で、
お婆さんに貸してあげた傘だった。
茶色に色あせたセロハンテープの下に、
「木村和也」の名前が読めた。
あの傘がここまで旅をしてきたのだった。

「よし、俺も帰るぞ!」
隼人は、妻と息子の顔を思い浮かべつつ
、駅へと向かった。
桜の花びらが1枚、傘の上に舞い落ちてきた。

終わり

Author :志賀内泰弘


キム・ヨンジャ「情恋歌」




『女の直感』

「あれ…」おかしい。
高城美佐子は、スーパーのレジで小銭入れを開けて
首を傾げた。 たしか100円玉が3つ入っていたはずだ。
昨日の夜、夕食を作っていてマヨネーズが
切れていることに気付いた。 そこですぐ近くのコンビニへ走った。
他にもちょっと買い物をして、代金が727円也。
その時、たしか100円玉は一つもなかった。
しかし、小銭入れに10円、5円、1円が
ジャラジャラ入って重かったので、
千円札と小銭で27円を渡した。
だから茶髪のバイト君は、100円玉を三つ
お釣にくれたことを覚えている。
でも…100円玉を一つ受け取りそこなったのか。
それとも、財布に入れるときに落としたのか。

美佐子は、そう考えながら、似たようなことが
一昨日もあったことに思い当たった。
「そういえば、50円玉も入っていたはず。
あれはどこかで使ったっけ。  いやいや違う。
買い物には出掛けていない。それが昨日はなかった。  
ということは、一昨日のうちになくなったということになるわ」

美佐子の心配は、息子の英太に向けられた。
そういえば、あの時…。
小学4年になる息子の英太と、6年の娘の由布香が
眠ったあと、夫に相談した。
「あのね、このところ財布の中のお金がなくなるのよ」
「無駄遣いしてるんじゃないのか」
「そうじゃないの、誰かが盗んでいるっていうか、
こっそり取っているみたいなの」
「おいおい、オレじゃないぞ」
恵介はおどけて言った。

「何言ってるの、あなた100円くらい持ってるでしょ」
「なんだ、100円かよ」
「なによ、たかが100円って」
「オレは今、たかがなんて言ってないぞ」
「そんなニュアンスだったじゃないの。
私はね、英太のことを心配してるのよ」

今朝、寝坊の英太が珍しく早起きをした。
美佐子が起きてくると、 キッチンで水を飲んでいたのだ。
ところが、今、思い返すと何だか
挙動不審のところがあった。
美佐子のカバンに触れていた気がするのだ。
それをパッと置いて、シンクの方を向いたような…。
事情を話すと、恵介は笑っていった。

「ハハハッ。オレもやったなぁ。
オフクロの財布からよく小銭を盗んだよ。  
それで駄菓子屋に行って、アニメのカードの入った
お菓子を買ったもんだよ」
「あなたも泥棒してたの?」
「泥棒なんて大袈裟な。誰もが通る道さ。
すぐに悪いとわかってやめるよ」
「そんな気楽な…。もし、英太が悪い上級生とか
中学生に脅されてやってるとしたらどうするのよ?」
「む…カツアゲか。それはありうるな」
恵介の表情が急に険しくなった。

「折を見てオレから訊いてみるよ、まあ心配ないって」
美佐子の心配をよそに恵介は寝室へ行ってしまった。
翌日の土曜日の午後。
「ねえ、お母さん」
娘の由布香が美佐子に話しかけてきた。
恵介と英太は公園にサッカーをやりに出掛けていて
二人きりだ。

「夕べね、聞いちゃったのよ。
財布からお金がなくなる話…」
「えっ」
「あれね、英太よ」
美佐子は疑っていたとはいえ、その言葉が
娘の口から出たことにショックを隠しきれなかった。
由布香の話では、こういうことだった。

由布香と英太は、たいてい一緒に登校する。
しかし、このところ続けて英太が先に家を出た。
昨日は、そのすぐ後で追いかけるように
由布香も家を飛び出した。
小学校の校門のところでは、募金箱を抱えて
「お願いします」と 声を張り上げている児童会の
三人の子たちがいた。

英太は、その三人のうちの、
一人の女の子のところへ行き、
募金箱にお金を入れた。
それが100円玉だったので、由布香はびっくりした。
「おかしいなぁ」とは思っていたという。

いつも、「ねえねえ、お姉ちゃん。
お小遣い貸してよ」とねだってばかりいるからだ。
今月もお小遣いは使ってしまって
残っていないはず。それなのに・・・。
「でもねお母さん。100円よりも
面白いことがあるのよ」
「なによ、面白いって」
ニヤニヤしている由布香の顔を覗きこんだ。

「英太郎はね、その募金箱を持っていた
女の子のことが好きなのよ。
女の直感」 「え…? 
どういうこと」
「だからね、好きな女の子がね、
募金活動をしているわけ。  
英太としてはね、その子にカッコイイところを
見せてやりたいわけよ。  
男の子ってバカよね。そんなことで、
女子が好きになってくれるわけがないじゃないの、
ねえ~お母さん」
「なんで知ってるのよ、そんなこと」

「だって、英太が募金箱に100円玉を入れる時にさあ、
真っ赤な顔をして下を向いちゃってさあ。  
いかにもボクはキミのことが好きです、
みたいな感じだったもの。  
わかりやすいったらないわ。
それでね、今朝、問い詰めてやったら白状したのよ。  
やっぱりお小遣いがなくって、こっそりお母さんの
財布から取ったんだって」

美佐子は、理由がわかりホッとした。
しかし、盗みは盗みだ。
「私がきつく言っておいたから。
今度のお小遣いから返しなさいって。
 たぶん、今頃、公園でお父さんに
白状して謝っている頃よ。  
それにね、今週で募金活動は終わったしね、
安心していいわよ、お母さん」

美佐子は、たしかに息子のことはショックではあった。
しかし、「家族っていうのは、
こうして共に成長していくのかなぁ」と
不思議に暖かな気分になった。

(それにしても・・・女の直感とは)
成長した由布香の笑顔を見て
苦笑いした美佐子だった。…

終わり

Author :志賀内泰弘


君は吉野の千本桜、色香よけれど、
気(木)が多い



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる