流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……

 

Mituo

 

昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー

 
 

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……


一目惚れしたのは、私が先よ、
手を出ししたのは、あなたが先よ

想いで迷子・チョー・ヨンピル
作詞:荒木とよひさ・作曲:三木たかし


愛に溺れて あなたに疲れ
生きることにも ため息ついて
ひとり口紅 ふきとるだけの
き方だけなら 淋しい

こんな夜には 少しお酒で
泪の相手しましょう
そしてぬけがらパジャマあなたのかわりに
時はあしたを連れてくるけど
過去のどこかで迷子になってる





『ホームの少年』

水谷昌男は、中学2年生。
土曜日の午後、隣の市に住む祖母のお見舞いに行くため、
一人で電車に乗っていた。
昌男は、いわゆる「お婆ちゃん子」だった。
両親が共働きしていたので、学校から帰ると、
祖母がいつもおやつを作ってくれた。
蒸しパン、ドーナツ、トコロテン・・・。
若い頃、レストランの厨房で働いていたことがあると言い、
料理も得意だ。
週の半分は、祖母が家族の夕食の用意をしていた。

ところが、2年前ほどから体調を崩し、
入退院を繰り返している。 昌男は、
少しでも時間ができると、お見舞いに出掛けた。
顔を見せるだけで、ものすごく喜んでくれるからだ。
その日も、最寄りの駅から私鉄に乗った。
5つ目の駅前に、祖母の入院する病院がある。
1つ目の駅で、車両のドアが開いた。
ワッと人が乗り込んできた。

その一団は、詰め入りの学生服を着て、
手には同じデザインの大きなスポーツパッグを持っている。
近くの高校の運動部らしい。
汗の匂いがするところをみると、対外試合の帰りだろうか。
半分くらいの生徒が席に座った。
昌男の両端の空いていた席にも。
一番最後に、よたよたと白髪のお婆さんが乗り込んできた。
シルバーカーを押している。
プシュー!ドアが閉まる。
おそらく、運転手はお婆さんが乗るのを確認して、
すぐにドアを閉めたのだろう。
そのため、少し発車が遅れた。

お婆さんは、チラチラッと車内を見回した。
空いている席は一つもない。
視線を向けたシルバーシートも、
すべてお年寄りが座っている。
おばあさんは仕方なく、手すりのポールに掴まった。
発車と同時に、少し揺れる。
その拍子で、シルバーカーが30センチほど
走り出してしまった。
お婆さんの手から離れてしまったのだ。
昌男は、心の中で(危ない!)と叫んだ。
しかし、幸いなことに、電車の揺り戻しで、
シルバーカーは再びお婆さんの手元に帰ってきた。

お婆さんの立っているドア付近までは、
昌男の席から3メートルほど離れている。
昌男は、(誰か席を譲ってあげないかなぁ)と思った。
いや、そう祈った。
しかし、先ほど乗り込んできた高校生たちは、
試合の話に夢中で振り向きもしない。
他にも、自分の両親と同じ年くらいの人たちが
席に座っていたが、一人も立つ者はいなかった。

昌男は迷った。今まで、一度も、
お年寄りに席を譲ったことがなかったからだ。
そういう機会がなかったからか。いや違う。
きっと、あったのだろうが、恥ずかしかったのだ。
どちらかというと、引っ込み思案。
道に迷っても、知らない人に尋ねることさえ
はばかられるくらいだ。ましてや・・・。

でも、気が付くと、声が出ていた。
「おばあさん」聞こえない様子。
それは、ささやくような声だった。
電車の中では、かき消されてしまう。
今度は、思い切って言ってみた。

立ち上がって。「お婆さん!ここへ座ってください」
お婆さんよりも先に、周りの乗客が全員、
昌男の方を向いた。
それに吊られて、お婆さんも視線を向けた。
昌男は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
どうしていいのか、わからない。
足がガクガクと震える。

お婆さんは、シルバーカーを押して、
よたよたしながら歩いてきた。
「ありがとうございます」と言い、席に座る。
周りの人たちは、すぐに何事もなかったかのように
視線を元に戻した。
でも、昌男の動悸はずっと続いた。
いいことをしたはずだった。
それなのに、なぜ、恥ずかしいと思うのか、
自分の心がわからなかった。

ひょっとすると、自分の病気の祖母と、
姿が重なってしまったからかもしれない。
お婆さんの近くに立っているのが辛くなる。
そうこうしているうちに、電車は次の駅に着いた。
祖母のいる病院までは、まだ3つ先だ。
知らぬ間に足が動いていた。
人をかき分けてホームへ飛び出す。
フウーと深呼吸した。
再び走り出した電車を見送った。
時刻表を見ると、次の電車まで、15分あった。

佐々木希美は、隣の市の駅前デパートへ
買い物に行くため、電車に乗った。
希美と書いて「のぞみ」と読む。
望みがかなうようにと、父親が付けてくれた名前だった。

発車ぎりぎりで飛び乗ると、少し離れた席に
友達が乗っていることに気付いた。
水谷昌男だ。いや、正確に言うと友達ではない。
同じクラスメートというだけで、
ほとんど話をしたこともなかった。
ちょっとだけ気になる存在ではあった。
かといって、恋心というわけでもない。

ちょっと前のことだ。希美はクラスの美化委員をしている。
体育の先生から、新しい掃除道具が入ったので、
倉庫まで取りに来るように指示された。
行ってみると、モップが5本にバケツが3個。
ぞうきんが10枚。 とても一人では持ちきれない量だった。
2回に分けて運ぶしかないなと思っていたところに
水谷昌男が通りかかった。
「なんだよ、それ教室に持っていくのか?」と聞かれた。
「うん」と言うと、奪うようにしてモップを持ち、歩き出した。
「ありがとう」と言う間もなく、スタスタと言ってしまう。
結局、それっきり。次に話す機会もなく、時が過ぎた。

次の駅で、ダダッと人が乗り込んできた。
15人くらいの、詰め入りの学生服の男子高校生だった。
襟元には、見知らぬ校章を付けている。
他の町から、対外試合か何かでやって来た
帰りなのだろう。
「お前のシュートのせいで負けたんだゾ」
「なに言ってんだ。その前のパスの位置が悪いんだ」と
など言う声が聞こえる。
おそらく、バスケのチームに違いない。
その一団は、水谷昌男が座っている席を
取り巻くようにして座った。
全員の席がなかったので、そのまま吊革に
掴まって立っている者もいた。

特に意識をしていたわけではないが、
昌男の方をボーと見つめながら席に座っていた。
すると、突然、昌男の表情が変わった。
希美とは、反対の方を向いて何か喋っている様子。
(?・・・なんて言ったの?)
耳を澄ませるが、聞こえるはずもない。
また、昌男が言った。
今度は、ちゃんと聞こえた。

「おばあさん!ここへ座ってください」
周りの乗客が全員、昌男の方の顔を向けた。
おばあさんは、シルバーカーを押して、
昌男がそれまで座っていた席に腰かけた。
両隣に座っていた男子高校生が、ふと下を向いた。
それは明らかに、自分を恥じていることが
見てとれた。

自分よりも年下の中学生と思しき男の子の行動に、
「これはいけない」と反省したのだろう。
真向かいに座っていた年配のサラリーマンも、
目のやり場に困った様子だった。
みな悪い人ではないのだ。
気持ちはある。親切はしたい。
でも、気付かないだけか、
ちょっとの勇気がないだけなのだ。

希美は、(へえ~、やるじゃん)と思った。
そして、モップを運んでくれた時のことを思い出した。
(アイツ、いつもこんなことしてるのかな)
そんなことを考えていると、次の駅に着いた。
すると、急に、人をかき分けるようにして、
昌男が電車から飛び出して行った。

(え?!)乗り過ごすところだったのか。
あまりにも慌ただしい昌男に動きに驚いた。
そして、どうしたことか、希美も
電車から飛び降りていた。
その瞬間、後ろのドアが閉まった。
自分でもわからない。なぜ、降りたのだろう。
そう思いつつ、昌男の方を見ると、
ホームでポツンと立ち尽くしている。

降りたのに、なぜか、改札へ歩いて行かないのだ。
ホームの時刻表を見ている。
次の電車の時間を調べている様子。
ここは、普通しか止まらない駅だ。乗り換え駅でもない。
まったく、理由がわからなかった。
考えられるのは、間違って降りてしまったということか。
いや・・・。希美は、自分も似たような
体験をしたことがあることを思い出した。

電車で、お腹の大きな女性に席を譲った時のことだ。
何度も何度もお礼を言われた。
周りの人たちが見ている中で。なんだか恥ずかしくなって、
隣の車両に移ってしまったことがある。
(ひょっとして・・・アイツも同じ心境なのかも)
だとすると・・・。 そう思うと、
心の距離が近くなった気がした。

近づいて、思い切って声をかけた。
「水谷クン」 「・・・?!」
驚いた表情の昌男に、希美は言った。
「ありがとう」 「え?」
そう言う希美自身も、なぜ、「ありがとう」なんて
口にしたのか、わからなかった。
2秒後、自分でも気づいた。
あの白髪のおばあさんの代わりに、
お礼が言いたかったからだと。

もう一度、希美は言った。
「えらいじゃん! ありがとう」
昌男は、キョトンとして希美を見つめていた。

《終わり》
Author :志賀内泰弘


君は吉野の千本桜、色香よけれど、気(木)が多い

時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる