流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


こうして、こうすりゃ、こうなるものと、
  知りつつ、こうして、こうなった



メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!
アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい.



Kanshin021111 韓信
紀元前二〇〇年代の中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。
 
 
 
 
漢の韓信-(113)

「……立派な男が、諸侯を平定したのだ。
なぜ仮の王などと言うのか。遠慮せずに
堂々と王を称せばよい!」劉邦はいきなり前言を覆した。
表向きは態度を軟化させたのである。
使者は劉邦の意図が読めず、わけが分からなかったが、
少なくとも韓信が王位に就くことを漢王が認めた、
ということだけは理解できた。

かくして劉邦は新たに斉王の印綬
韓信に授けることになる。
これは同じ王といえども斉王より漢王の方が格上で、
覇者の肩書きは韓信ではなく劉邦にあることを
意味する。
そして印綬韓信に届ける役目は、張良に与えられた。

信よ……これ以上望むな。……
それがお前のためだ。
使者として旅立った張良と、送り出した劉邦
それぞれ同じようにそう思ったのだった。
韓信張良と対面するのは、久しぶりのことである。
再会を喜ぶべきであったが、しかし張良の面持ちは
どこか暗い。

常に病気がちな青白い顔色をした張良が、
目元に憂慮の色を浮かべていることは、
韓信にもわかった。
「将軍……いや、韓信。君に斉王の
印綬を渡す前に言っておくことがある。
なにしろ王ともなれば至尊の身。
いまのうちでなければ言いたいことも言えぬ」

「子房どの、そういう言い方はやめてください。
私は王位に就くといっても、なにも漢王に
対抗しようとしているわけではありません。
どうかいままで通りのおつきあいを
させていただきたいものです」
「本気でそう思っているのか」
「……どういうことですか?
私にはわかりませんが」

張良はため息をついた。
もともと韓信を別働隊の将として推薦したのは
彼自身であったが、こういう事態になるのであれば、
韓信劉邦のそば、息のかかるところに
置いておくべきであった、と後悔したのである。

「漢王は君が斉王に就くことを了承なさったが、
実は危惧を抱いている。
君は有り余る能力を持ちながら、
なかなか漢王の救援に訪れない。
斉を治める苦労があることはわかるが……
さっき君が言ったように、君が漢王に仕える身であれば、
まず第一に漢王の窮地を救うべきではないのか。

王を称して斉国内の地盤固めをするのは
民衆のためか? 
それとも自分の権力増強のためか? 
いずれにしても漢王のためではないことは確かだ。
そうではないか?」

「……本意ではないのです。
斉は大国で、うまく御することができれば、
漢や楚に対抗できる勢力となりえる……。
これが危険なことであることくらいは、
私にもわかっています。だから、
漢王からよほどの信頼を受けている者しか、
斉王とはなれません。
だが、斉はうまく御することこそが難しいのです。

漢王の信頼を得ている、そのことだけでは
斉王としてはうまくやっていけないでしょう。
斉を治めるには反覆常ない斉の民衆を
抑え込む武力が必要なのです。
私は、漢王の信頼はおぼつかないが、
武力はある程度保有している。
これが、私がやるしかないと考えた所以です。
できれば斉王の地位など、
替わってくれる者がいたら、替わってもらいたい」

韓信のいうことは張良にもわかる。
しかし、彼の返答は張良の質問への
答えにはなっていなかった。
「それはわかる。しかし、漢王は
憂慮しておられる……」
「漢が強権をもって治めなければ、
斉は簡単に心変わりをし、楚につきましょう。
だから、私が斉王を称するのは漢のためなのです。

また、漢に味方することが斉の民衆の
ためになることは明らかです。
だって、そうでしょう? 
漢は楚に勝利して天下を統一するのですから! 
そして斉を治めることに成功すれば、
結果的に私の権力は増強されることになるでしょう。
それによって漢王から疎まれることに
なるかもしれません。が、それは私が自制すれば
すむ話です。……なんの問題も起きません」

張良は、もしかしたら韓信がこの種の問題に
対する勘が鈍く、無頓着にことを進めているのかと
疑っていたが、想像に反して韓信
わかっているようだった。
韓信……くれぐれも自制を。そうしなければ、
君自身の身を滅ぼすことになる。
このことを忘れるな」

張良は別れ際に、酈生と同じく「このことを
忘れるな」という言葉を残し、去っていった。
しかしその言葉は似たようなものであっても、
内容はまったく反対の意味であるようにも思えた。
韓信にはどちらの言葉に従うべきか、
その明確な答えはない。

一心に剣の手入れをしていると、気が紛れる。
微小な剣先の欠けに注意を払い、
それを見つけると納得がいくまで研ぎ直す。
その間に考えることは何もなく、
ただ作業に集中するだけであった。
韓信は、思索で頭の中がはち切れそうになると、
好んで自ら剣の手入れをする。

斉を攻略するにあたって、韓信
自ら剣を振るうことはなかった。
前に使ったのはいつのことだったか……。
思い出した。カムジンを斬ったときだ。
韓信はあの時も思い煩い、一心不乱に
剣を研ぎ直したものだった。
それ以来剣を使う機会は一度もなく、
そのため刃こぼれが見つかるとは思えない。
韓信は今、鞘に納まった剣を前にして、
どうやって現在の不安感を解消しようかと
ひとしきり悩んでいた。

やがて思い切ったように鞘から
剣を引き抜いてみると、驚くことに
その刃にはうっすらと錆が浮いていた。
韓信はそれに気付き、よくもこんな状態のまま
戦場に立ち続けていたものだ、と思った。
あるいはこれも、自分の運の強さを
示しているのであろうか。
そう思うと心強く感じられることは確かだが、
一方で馬鹿馬鹿しさも感じられる。
錆び付いた剣を持ちながら生き残った、
それは確かに強運を示すことかもしれない。

しかし彼は人生を運に左右されるのではなく、
自分の行動で決めたかった。
これまで運を信じて行動したことなど
なかったのである。
この錆は、死者の呪いなのだ。
迷信めいた考えであることには変わらないが、
そう思った方が得心がいく。
カムジンの呪い、酈生の呪い、陳余の呪い、
田広、竜且の呪い……そして章邯や雍昌……。

ずいぶん昔のことを思い出した。
雍昌を仕留めたのはまだ韓信が淮陰にいたころだった。
かつて淮陰城下で剣を引きずりながら歩いた
幼き日の自分……。
母や栽荘先生の姿が懐かしく思い出された。
あの人たちが生きておられたら、いまの
自分を見てどう評価するだろう。

章邯を殺したのは確かに韓信ではなかったが、
章邯の運命を決めたのは他ならぬ韓信である。
あの頃の自分は内に潜む心の弱さを
見透かされまいと、剣を杖がわりにして
自分を大きく見せてばかりいた。
章邯の姿が恐ろしく、垂直の城壁を
よじ登って逃げた姿の方が、
本当の自分であるというのに……。

そう思うと、やはり運か……。
しかし、そうとは認めたくない。
彼はあの章邯を自分の策略で追いつめ、
その結果、漢に勝利をもたらしたのだ。
それは決して運などではない。
やはり、呪いだ。

結局どちらにしても彼にとって
歓迎せざるものであった。しかし呪いが
自分の招いた結果だとすれば、
恨むべきは自分自身しかいない。
そう思った方が韓信にとっては気が休まるのである。

おそらく母が生きていたら、生前と同じように
「もっと人を信用するものだ」と言い、
栽荘先生が生きていたら「太子丹と似て
不器用だ」と言うだろう。
ともに彼のひとりよがりな性格を指摘するに
違いないのである。
しかし二人ともすでに死者であったので、
韓信としては想像して苦笑するしかない。

死者が物を言うはずがない。
そう思う一方で、母と栽荘先生の呪いが
剣に込められていないことを願うのである。
もし死者が生者を呪うことができるなら、
物を言うこともできるかもしれないのだが、
それを考えようとはしない韓信であった。

韓信は剣の表面に浮かぶ錆を見つめながら、
そのようなことを考え続けた。
物事を考えないように剣の手入れを行うはずが、
結局その剣が彼の思考を複雑にした。

考え込む韓信の姿には、錯乱している様子は
うかがえない。
しかし逆に思考に集中しすぎて全く周囲が
見えなくなるようであった。
このとき、魏蘭は韓信の前にしばらく前から
座っていたのだが、それでも韓信には
全然気付いてもらえなかった。

「将軍……いえ、王様」
蘭は我慢できなくなって自分から声をかけたが、
それに反応した韓信の目はどこか空ろだった。
「王様……」「……そんな呼び方はよしてくれ
……私らしくない」
韓信は気だるそうに蘭に向き直って言った。
その様子は蘭の目から見ても王らしい威厳はない。
「張子房さまには、なにも問題ないと
おっしゃったそうですが……
その様子では本心から言った言葉では
なさそうですね」

蘭としてはいたわりの言葉をかけたつもりであったが、
韓信にとっては嫌味に聞こえたようである。
「見ての通り、このざまだ。いまにして思えば、
趙歇の気持ちがよくわかる。なりたくもないのに
王にされた気持ち……。他人にはわかるまいよ」
「でも、王座に就きたいと漢王に上奏したのは、
将軍ご本人ではありませんか」
蘭は韓信のことを王様と呼ぶのはやめて、
これまで通り将軍と呼んだ。

「違う。私は仮王になりたいと言ったのだ。
私の自分の気持ちに対する最大限の妥協だ。
王にはなりたくないが、なる義務があると
感じたから言ったまでだ。
それを漢王は遠慮せずに真の王になれと……。
それでいて叛逆を疑うとは、どういうわけだ……。
いったい私にどうしろと?」

「推挙してもらえばよかったのです。
斉には王をたてねばなりませんが、
誰か適任の者はおりませぬか、
漢王にそう申し上げればよかったのです。
結局漢王は将軍を王にたてるしかなかったでしょうが、
自分から言い出したのと相手に言わせたのとでは、
印象の度合いがまるで違います」
「それは……確かにその通りだが、しかしもう遅い。
君もそれを先に言ってほしかったものだ」
韓信の言う通りだった。蘭は自分の考えが
いわゆる後知恵だったことに気付き、
素直にそれを詫びてみせた。

「申し訳ございません。私は幕僚として
なんの役にも立てず……」
「よい。過ぎたことだ。それより今後のことを
考えるとしよう。
何度も言うようだが、私は一体どうするべきか」
蘭は少し考え込んだが、基本的に考えは
あらかじめ定まっていたようである。
ただ、それを韓信にどう伝えるべきか迷ったようであった。

「天下がいずれ漢王のものとなったとしたら、
この世界がどうなるかということを考えて
行動なさればよろしいと思います。
おそらく漢王は皇帝を称して、権力を
自らのもとに集中させましょう。
民衆はその権力に恐れおののき、一時は
戦乱が収まるかもしれません。
でも、果たしてそれは理想の世界なのでしょうか」

「ふむ……」
「漢王は今のところ庶民的な感覚をお持ちで、
そのためある程度民衆をいたわる気持ちがございますが、
権力を持った途端にその感覚を失うことも
充分に考えられることでございます。
人は権力を持つと自制がきかなくなり、
暴走するものなのです」

「なにが言いたい」
「天下が漢に定まったのちに漢王の暴走を止められるのは、
将軍の存在しかないように思われるのです。
力を蓄えて、漢王を掣肘できる立場を目指すべきです」
「それではいずれ私は疑われ、早いうちに
せっかく就いた王の座を降ろされるかもしれない。
まあ私はそれでも構わないが……」
ここで韓信はすこし笑いを漏らした。
「どうしたのです?」

蘭の問いに、韓信は珍しく浮ついた表情を見せて言った。
「いや……私は王座などから降ろされても
いっこうに構わないが、それでは君を
王妃に迎えることができない、と思ったまでだ」
韓信が意外に感じたのは、蘭が顔を
赤らめもせずにその言葉を受け止めたことだった。
「ご冗談を。でも私もいっこうに構いません
。私は将軍が将軍のままでも構いませんし、
仮に平民になられたとしてもお供します
。もちろん、王となられても」
「蘭、君の気持ちは嬉しいが、どうして君は
私のことをそのように思ってくれるのか? 
いや、……今さらかもしれないが聞かせてもらいたい」

蘭は韓信の問いに、気負う風でもなく答えた。
「……将軍の武功は前例がないほど大きなものですが、
将軍個人のお人柄は……傍で見ていて、
どうしようもなく頼りなく見えるのです……
将軍は他人を信用なさらないし、生き方も不器用で……
私は、常におそばに控えていないと心配で仕方がありません」

このとき蘭は韓信にとって重要な位置を占める
二人の死者がいうべき言葉を、全く不自然な様子もなく
言ってのけた。そ
の事実に韓信は具体的な説明はできなかったが、
深く心を動かされたのである。
しかしなぜ自分の気持ちが高揚したのか……
自分で自分に説明ができないことを彼は苛立たしく感じた。
常に明確な解答を求め、理路整然とした論理を好む
……韓信とはそういう人物だったようである。

紀元前二〇三年二月、韓信は斉王として君臨した。
当時の人間で、それがよいことであると断言できた者は、
ほとんどいない。当時の誰もがそうするしかない、
他にどうしようもない、と思った結果、
生じた出来事だった。

つづく

Author :紀之沢直
http://kinozawanaosi.com.



愚人は過去を、賢人は現在を、
狂人は未来を語る


歌は心の走馬灯、
 歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


『春雨/村下孝蔵・photo by石原さとみ




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、言い訳になるから……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる


P R
    カビの生えない・きれいなお風呂
    
    お風呂物語