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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

チャンネル・掲示板

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない
 
 
Mousou2 昨日という日は
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 子を持つも持たぬも人の宿命(さだめ)なり 
日に日に努めて行かむ
あなたの人生なんだから好きなように
お行きなさい(生きなさい)



『母の愛』

私は小さい頃親に離婚されて、どっちの親も
私を引き取ろうとせず施設に預けられ、育てられました
そして三歳くらいの時に今の親にもらわれたそうです

当時の私はその自覚などしておらず、記憶は無く、
その親を本当の親と思って中学二年まで過ごしてきました
そして、突然の父との別れが訪れました
脳梗塞で帰らぬ人になりました
そして、その最悪の時に
私とその親は家族ではないということを親戚の方から
偶然にも知ってしまったのです
葬儀のあと、私は母を問い詰め、本当の事を聞きました

その時を境に、私は母を嫌いになりました
死んだ父でさえも嫌いになりました
多分、裏切られたとか思ったんでしょう
元々家が裕福ではありませんでした
ですから父が死んでしまったので、母が働きに
出ざるを得ませんでした

母は、朝は近くの市場で、昼から夜にかけては
スーパーで働きました
それもこれも全て、私のためのものでした
ですが当時の私にはそれすらもうっとうしく
思えてなりませんでした

時には、登校の時間と母が市場から帰ってくる時間が
ちょうど重なってしまい友達と登校していた私は、
ボロボロになった母と家族であるということを
友達に知られたくなく 「いってらっしゃい」と言う
母を無視しては友達に「誰あれ、気持ち悪いんだけど」という
悪口すら言っていたものでした

それを察してか、次の日にはわざと目を伏せ、
足早に私とすれ違っていきました
でも、それでも、母は何一つ文句をいわず働いていました
そんな日が一ヶ月くらい続いたと記憶しています

そんな雨の日、雨合羽を着て市場から帰ってくる
母とすれ違いました当然無言です
その姿はなんとも淋しく、哀しく、辛そうに見えたのです
涙が溢れました。ぐしゃぐしゃに泣きました
私は一体何をしているのか
ボロボロになってまで私を育ててくれているあの人に、
私は何をうっとうしく思っているのかと、
凄まじい後悔が私を襲いました

私は友達の目も気にせず、母に駆け寄りました
でも、何を言っていいかわかりませんでした
その時、ふと口をついた言葉が「いってきます」でした
言えた言葉はたったそれだけでした
でも、母は一瞬驚き、そして泣きました

そして、何度も何度も「いってらっしゃい」と言ってくれました
私が友達の元へ戻ったあとも、母は私を見ながら
手を振って「いってらっしゃい」と言っていました

今では、彼女こそが本当の私の母親です
たとえ戸籍上はどうあれ、そう思っています
恩は返しきれないくらいあります
母は「それが親の勤めだよ」と言いますが、
じゃあ今度は子として親の面倒を見ていきたいです
この人が母親で、最高に良かったと思います
……



感動の実話本 『ゆりちかへ』 




『たくちゃんって呼ばれてた先輩』

その人はいっこ上の先輩で同級生、
後輩からも「たくちゃん」って呼ばれてた。
初めて話したのは小学校の運動会の時。
俺の小学校は全学年ごっちゃまぜで行われる。
俺は青組みだった。その中に、明らかに
体のバランスのへんな子がいた。それがたくちゃん。

たくちゃんは障害で生まれつき身長があまり伸びない。
「小人病」らしい(本当にこんな病名あんの?)
たくちゃんは初対面の俺らにも明るく話しかけ、
同級生にも人気があった。
それを機に俺はたくちゃんと仲良くなった。

たくちゃんは俺んちの近くの団地に住んでいて、
そこには小さな公園もあった。そこは俺らの遊び場だった。
ミニ四区やハイパーヨーヨーポケモン・・・・学校が終わると、
上級生も下級生も皆がそこに集まった。
たくちゃんは話がうまく、誰にでもやさしく
初めて公園に来るグループにも積極的に話しかけている。

俺たちはかなり仲良くなった。たくちゃんは
中学に上がると、部活などで公園にくることも無くなって
一年間ぐらい会わなかった。
やがて俺も中学にあがったが、
なんとなく知らない上級生といるたくちゃんには
話しかけづらく前みたいに楽しく話すようなことはなかった。
関係は変わったがたくちゃんの身長は変わらなかった。

中学の卒業式の時に見たたくちゃんは
俺の腰あたりに頭があった。
そのうちたくちゃんは地元も高校に進学した。
一年後俺はたくちゃんとは違う電車で
15分ぐらいのとこにある高校に進学した。

それからずっとたくちゃんのことなんて忘れていたと思う。
高1の二学期も、もう終わるかという頃、
俺は地元の友達と遊んでた。
皆で歩いていると、たくちゃんの通う学校の前に
同級生らしき人とたくちゃんがいたが、様子が少し変だった。

たくちゃんが一人前を歩き、その他何人かが後ろを歩く。
嫌な予感は当たり、たくちゃんはそいつらに後ろから
小突かれたり、チビだのと言われていた。
蹴られたりもしていた。

俺は、心臓がかなりバクバクして何故か焦った。
どうしていいか分からなかった。すると、
一緒にいた俺の友達がたくちゃんのほうへ走っていって、
後ろの奴にいきなりとび蹴りをした。
そのあとは、俺も参加してもうごちゃごちゃの大乱闘。

本当に奴等が許せなかった。
明るいたくちゃんがイジメをうけている、
このことに本当動揺した。悔しくて、許せなかった。
喧嘩は泣きながら向かっていく俺らにビビって相手が逃げた。

大勝利。この後、たくちゃんと久しぶりに少し話した。
2日後ぐらいに、10人ぐらいのDQN
学校帰りの俺を駅で待ってた。何発か殴られて、
MDと携帯壊されて金取られた。
乱闘に参加したほかの奴等のとこにも来たらしい。

奴等は俺の名前を知っていた。
何故かはすぐに予想できた。たくちゃんが話したんだろう。
けど、怒りとかは無かった。
親は腫れた顔見てびっくりしたが、
大事にはせずその日はすぐに寝た。

そして、次の日たくちゃんは死んだ。
地元の文化ホール屋上から飛び降りて。
遺書なんかはなかったらしいが、
たぶん裏切った俺らに合わす顔が無いと思ったんじゃないかな。
たくちゃん優しいから。何で、んなこと気にしたんだよ。
脅されたんだろ?
俺らの名前なんかいくらでも言っちゃえって。
そんなこと気にしあうような仲じゃないだろ、……。

Author:名無しさん



人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば、愚痴になるから……




『女学生 安達明』
作詞:北村公一作曲:越部信義
 



時は絶えず流れ、
 今、微笑む花も、明日には枯れる