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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……

Mituo 
昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー

 
 

 
人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……



心が通う「言葉がけ」

ある日、東京のリッツ・カールトン・ホテルの
予約センターに 一本の電話がかかってきました。
そのお客様は、ふるさとの年老いた母親が
上京するのに際して、 ぜひ、リッツで泊まらせたいと
話したそうです。
「母親は、若い頃、東京の浜松町界隈で
仕事をしていました。  
これが最後の東京見物になりそうです。  
娘として、母の誕生日に東京での滞在を
プレゼントしたい」とのことでした。

そのまま、予約を受け付けるのではなく、
電話を受けた担当者は、その娘さんに
さらに話を聞きました。
すると、なぜ、そのお客様が、
リッツを望まれたのかがわかりました。

ある雑誌に、「東京タワーが見えるホテル」として
紹介されていたそうなのです。
リッツ・カールトンでは、予約の電話を受けた際に、
15分から20分も時間をかけることがあるといいます。
その会話の中から、ホテルに対して
お客様が何を求めていらっしゃるかを
可能な限り先読みするためです。

調べてみると、あいにく、その日は、
東京タワーの見える部屋は、満杯でした。
「東京タワーの見える部屋」 と言って
指定されたわけではありません。
でも、予約係は、こう答えたそうです。

「申し訳ありません。  
お客様にお薦めしたいお部屋は、
あいにくすべて埋まっております。  
しかし、芝公園にご希望にぴったりの
ホテルがあります。  
そのホテルの予約担当に知り合いがいますので、  
そちらの方からお客様にご連絡させて
いただいてもよろしいでしょうか。  
お母様にお喜びいただけるお部屋を
ご用意して下さると思いますよ」

そして、そのお客様がお泊りになる当日、
リッツ・カールトンのグッズと一緒に、
次のようなメッセージを添えて届けたといいます。
「このホテルのお部屋からは東京タワーだけではなく、
リッツ・カールトン東京も見えますので、
手を振ってくださいね」

「心からお客様に喜んでもらうとはどういうことか。  
そのお客様にとって最高の時間を
過ごしていただくために自分にできることは何か。  
心の制約を外して考えれば、
お客様の視点に立った提案ができます」

さらに、「今回はリッツ・カールトン
ご利用されないという結果になっても、  
お客様との間には見えない信頼が生まれています。  
それを信じてお客様に尽くすということ。  
一見遠回りのようですが、  
それがお客様との絆を築いていく
近道でもあるのです」と。

意識するのは、ライバルのホテルではない。
お客様に、どうしたら喜んでいただけるだろうという一点。
できるようで、なかなかできないことです。
だから、一流と言われるのでしょう。

Author :高野登



『犬が子供の側に寄り添い怯えた目で震えていた理由』


 
 

「お母さんの手紙」『お母さん何がほしい』
多治見市立南小学校4年郷原颯斗


1月2日はお母さんのたん生日です。
お年玉をもらった次の日だけど、
ぼくはお金をはらう気満々でした。
その時ぼくは、頭の中で、
「かばんとか、さいふがほしいだろうなぁ~」
こんな事を考えていました。

でも、お母さんから返ってきた言葉は、
「手紙がほしいなぁ~」
ぼくはすごくびっくりしました。
そうぞうとは、まったくちがい、思わず
「手紙って何書けばいいの」と
聞き返してしまいました。

ぼくはまよって、30分くらいかかって
やっと最初の文を書き始めました。
でも、またそれから1時間くらいかかって
やっと最初の文を書き始めました。
でも、またそれから1時間くらいたってやっと
書き終わりました。

そして、手紙をあげる時間がきました。
お母さんのはんのうは、
「ありがとう。すごくうれしいよ」
ぼくもすごくうれしくなりました。
やっぱり苦労してもがんばれば、
ぜったいいいことはあるということと、
物をあげるより、手紙をあげる方が
うれしいと分かりました。

来年も感しゃの気持ちは手紙に書いて
喜んでもらいたいです。
……
ある方が、母親を亡くしてから一年間、
母親に手紙を書き続けました。
もちろん、亡くなっているので
読んでもらうことはできません。
その話を聞いた時は、なんとなく
「素晴らしいなあ」と思っていました。

ところが、いざ自分が母親を亡くすと、
その気持ちが痛いほどわかりました。
母は、急に体調を崩し、検査をしたときには
余命四ヶ月と言われました。

「何かしてあげたい」と思っても、何もしてやれない。
「何がほしい?」と聞いても、
「何もいらない。充分だよ」と言いました。

そんなジレンマのまま時が過ぎ、
母を見送りました。
生きているうちに、あれもこれもしてやりたかった。
よく言う「墓に布団は着せられない」という
後悔ばかりです。

一通でもいいから、手紙を
書いておけばよかった。
たった一言、「いつもありがとう」でもいいから。
……
「元気な多治見・あったか家族エッセイ」の
入選作品




『余命宣告された愛犬が、起こした奇跡』





時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる