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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・特別編

妄想劇場・特別編

信じれば真実、疑えば妄想……

Mituo 
昨日という日は
歴史、
今日という日は
プレゼント
明日という日は
ミステリー

 
 

賽の河原は、
京都の鴨川桂川の合流する地点にある佐比の河原に
由来し、 地蔵の小仏や小石塔が立てられた
庶民葬送が行われた場所を 起源とする説もあるが、
仏教の地蔵信仰と民俗的な道祖神である
賽(さえ)の神が習合したものであるというのが通説である。

 

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地蔵和讃(空也上人の作)

これはこの世の事ならず死出の山路の裾野なる
西院(さい)の河原の物語聞くにつけても哀れなり
二つ三つや四つ五つ十にも足らぬみどり子が
西院の河原に集まりて父上恋し母恋し恋し
恋しと泣く声はこの世の声とはこと変わり
悲しさ骨身を通すなりかのみどり子の所作として
河原の石を取り集めこれにて廻向の塔を組む
一重組んでは父のため二重組んでは母のため
三重組んでは故郷の兄弟我身と廻向して
昼は一人で遊べども陽も入相のその頃は
地獄の鬼が現れてやれ汝等はなにをする……

『日が昇ると、二つ三つと十にも満たずに死んだ
幼な子が、 冥土の賽の河原で、父恋いし母恋いしと
泣きながら、 重い石を一つずつ運んでは積み上げて、
親兄弟のため回向の塔を造ります。
すると、夕方になると、黒い金棒を持った、
地獄の鬼がやって来ては、「お前ら何をする。
娑婆にいる親の嘆きがかえってお前らを苦しめる種になる。
われを恨むなよ」といいながら、
せっかく積上げた塔を金棒で突き崩してしまいます。
こんな時、お地蔵さんが現れて
「娑婆と冥土は遠く離れている。
私を冥土の父母だと思って頼りになさい」といって、
子どもたちを裳裾の中に入れたり、
抱き抱えて撫でさすったりして、憐れんでくださいます。

賽の河原の石積み 

親より先に亡くなった子供は 親不孝をしたという罪により
賽の河原」(この世とあの世の境にあり)
「三途の川」の河原にあり・・・石ばかりが ごろごろある河
ここで 親より先に亡くなった幼児たちは仏の国に行けず
本来なら親不孝の罪により地獄に落ちるところを・・・
この賽の河原にとどまり一つ一つ小石を積み上げてゆく
そして・・・何か公徳を積んで・・・仏の国に行こうとする・・・
この石積みで 仏塔を作る・・そうすれば・・
仏の国に行けて・・・罪を許してもらえる・・・

まだ 幼い子供だから・・・いきなり地獄に落としては
忍びない・・・
ここで石積みをさせ・・・地獄に落ちないよう 
配慮しているのだ!
しかし・・・積んだ そばから地獄の鬼に壊されてしまう
子供は泣く泣く また最初から石積……
積み始める石積みは際限なく続く・・・・・・
・・・・やっても やっても やり遂げられない・・・
悲しさ・・・空しさ・・・それが・・・「賽の河原(さいのかわら)」の
石積みなのである、そこから
賽の河原」は無駄な努力のたとえにも
用いられるようになった。



稲岡観音堂 栃木県足利市

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この地蔵尊像にも「地蔵和讃」の情景が彫られています。
二人の幼子が、賽の河原で、重たい大きな石を運んでは
一重二重と積み上げて、回向の塔を造っています。
姿は見えませんが、鬼はこの様子を窺っていて、
夕方になると現われて、せっかく積んだ塔を
崩してしまいます。

お地蔵様信仰は 子供を死なせた切ない親の心・
詫びる心からでているものと推察する
昔は幼児の死亡率は非常に高かった 
子供に先立たれた親の気持ちはいかばかりか・・・
更に「間引き」(食うに困り子供を消す)等をした親は
罪悪感にさいなまれ・・・
お腹を痛めた母親の苦しみは想像にかたくない・・・・・・・

西院河原地蔵和讃では、
追善供養を怠って親が嘆いてばかりいるから子どもは
苦を受けるのだ、とうたわれます。
また、賽の河原に現れたお地蔵様は、
泣き叫ぶ子どもを衣で隠して守ってくれますが、
鬼を追っ払ったりやっつけて、子どもが
石を積みやすいようにはしてくれません。
これこそが賽の河原のお地蔵様の慈悲なのだとして、
次のような説明をしています。

子どもにふりかかった苦難を親や大人が
取り除いてやるのではなく、
苦難に立ち向かえる勇気と忍耐力を持つ子どもに
育て(教育し)なさい。
自分にも子どもにも苦労をさせない
(鬼を追い払う)ようにする人が多いけれども、
それが幸せではありません。
地獄とは恐れを知り、自らの限界に気づく
場所だと思います。
子育てにおいて賽の河原が担っている役割も
まだ失われてはいないと思います。


佐渡ヶ島賽の河原」の掟

ここに古くから伝わる言い伝えに、
「この賽の河原にあるものは何ひとつ
持ってきてはいけない」という掟があります。
石やお供えのおもちゃなど、「何かを
持ち帰ると災いが起こる」と言われています。

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佐渡ヶ島賽の河原は、海食洞穴の中にあります。
ここには、大小様々なお地蔵さまが安置されて、
洞穴内の左奥のくぼみは「血の池」と言われています。
また、亡くなった子を想う親御さん達によって、
あちこちに石が積まれています。
その起源は不明ですが、1736~1741年頃に書かれた
佐渡巡村記」という書物によると
「村内に賽の河原というところあり」と記されているため、
約280年前には、地元の人々にそう呼ばれていたと
思われます。


終わり


『ミステリー10枚の写真』


人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる