流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

漢の韓信-(92)

信じれば真実、疑えば妄想……

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー

メジャーでは無いけど、
こんな小説あっても、良いかな !!


アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい.


Author:紀之沢直

kensin 韓信
紀元前二〇〇年代の中国大陸。
衰退した秦の末期に
生を受けた韓信は、成長し、
やがて漢の大将軍となる。
国士無双」「背水の陣」
「四面楚歌」
そんな彼を描いた小説。 
 

漢の韓信-(92)

物心がついた年ごろには、彼は馬の背に跨がっていた。
当時の馬には鞍はあるが(あぶみ)は発明されておらず、
幼い彼はよく落馬したものである。
それでも彼は言葉を覚えるより先に馬の扱いを完全に習得し、
まともに手綱を握らなくても自在に扱えるまでに至った。
さほど血のにじむような努力をした、という意識はない。
ただ、楼煩人としての血がそれを可能にさせるのである。

楼煩なら楼煩らしく、北の地で狩猟や牧畜をして
暮らしていれば幸せだったことだろう。
しかし中原のみならず、長城より北の地にも野心は存在する。
匈奴月氏の争いに端を発した争乱で、
楼煩は匈奴に併合され、その多くの者は中原に逃れた。

楼煩人は趙の北のはずれに居住地を与えられ、
そこで静かに昔ながらの狩猟生活を送ろうとしたが、
そこには獲物となる獣の数が少なかった。
よって彼らは遊牧民族ならではの騎射の技術を生かし、
それを軍事に転用して生計を立てようとした。
かくして諸国間に散らばった楼煩の成人男子たちは、
確たる民族的目的も持たず、
楼煩人同士相撃つこととなったのである。
多くの者が戦死し、彼の父親もどうやら戦死したようだった。
彼の母親は生活のための収入を得ようと、
彼を邯鄲の富豪に売った。
少年期に親元を離れた彼にとって、
母国という概念は存在しなかった。というのは、
彼は習得不充分のうちに楼煩の居住地を離れたために、
母国語もろくに喋れなかったからである。
そして邯鄲にきてからも、周囲の人間が
なにを言っているのか、ほとんど理解できなかった。
自分はいったいどこの何者だという思念は
常に彼に付いて回る。
しかしそれさえも頭の中ではっきり考えることは
不可能で、あるのは
漠然とした言葉にできない不満だけであった。
思いや感情を言葉で表せない彼にとって、
話が通じる相手は馬しかいない。
彼は、自分が馬の生まれ損ないではないかと
考えるようになった。
奴隷の売買は春秋時代の末には禁止され、
以後後漢の代になるまで復活しない。
しかしこれは社会制度として奴隷制を
とらなくなった、というだけであり、
個人で奴隷を所有する風習はこの時代にも
依然として残っていた。

カムジンは明らかにその中の一人で、
もっぱら馬の世話をして少年時代を過ごした。
彼が調教すれば、どんな駄馬でも駿馬と育った。
奴隷主はそれを喜び、馬を買い集めては彼に調教させ、
商品として市場に出し、多額の利益を得た。

奴隷主はそれに満足すると、
今度は彼自身を商品として他の富豪に売り渡した。
馬を見事に育て上げる能力のあった彼は、
商品として高く売れたのである。
そういったことが二度、三度と繰り返された。
しかし、どこに行ってもまともに人語を操れない彼は、
人と馴染めなかった。
そのため彼を買った富豪たちは彼を蔑み、
同じ奴隷仲間でさえも彼を自分たち以下とみなしたのである。

「私……馬と話せば……心が和みます……
けど、それを求めているわけでは……ありません。
馬などよりも……人と話がしたい……
でも、人は誰も……私を人として……
見てくれませんでした」

カムジンは観念しているのか、たどたどしい言葉遣いながら、
淡々とした態度で話した。
「馬語しか話せない男か。しかし現在の君はそうではない。
少なくとも私は君を人として信用していた」
韓信は自分で意識したのであろうか、
過去形でカムジンに対して話した。
しかしそのような言葉の機微はカムジンにとって
理解できないことであった。

「その通りです……将軍は、
私を……人にしてくださいました。……
でもそれが間違いだったのかもしれません……
人としての意識が……自分の中で……
明確になっていくにつれて……私は……
過去の屈辱を……晴らしたいと……思うようになったのです」

そういうこともあるものか、と韓信は思う。
しかし韓信は卑賤の身であったことはあるが、
奴隷として扱われた経験はない。
本当の意味でカムジンの立場が理解できたかどうかは
自分でも怪しい。

「カムジン、覚えているか……。
私は良心に従え、と言った。
そこで聞く。君が復讐しようとする時、
君の良心は何を告げたのか?」
カムジンは答えを迷わなかった。

「私は……紛れもない人であります……
それを理解できない者は……人ではない……
馬鹿です。馬鹿は死なねば治らない……
殺さなければまた馬鹿なことを……しでかします。
私の良心は……彼ら馬鹿者どもを……
殺すことを是と告げました」

「後悔はないか」「……ございません……」
韓信はため息をつきながら、それでも意を決して言った。
「カムジン、君に死罪を命じ渡す……。
君が人でなく、馬や牛であったなら、
私は今回のことを単なる事故として処理し、
君を助命するだろう。

しかし、君の言う通り、君は紛れもなく人だ。
人である以上、罪は免れない」
背後にいた蘭は、我慢できずに叫んだ。
「将軍! ご慈悲を……お願いです」

しかし当のカムジンはそれを受け入れ、
深く頭を垂れた。
覚悟のうえでの行為だった、ということなのだろう。
「いや、蘭よ……罪人とはいえ、
罪を罰せられることは人としての証である。
私は彼を最後まで人として扱いたい……
カムジン、人として死ね……。
君と私の仲だ。私が自ら君の首を刎ねよう」

韓信は剣を抜き、カムジンに歩み寄った。
だが、その手が震えるのを抑えようがなく、
歩を進めるごとに決心が鈍る。

「……言い残すことはないか」
本当は自分の方が言いたいことは多い。 
しかし、言い出せばきりがなかった。
「将軍、いままでありがとうございました。
将軍は私を人にしてくださったばかりか、
一人前の男にしてもくださいました。
そして一人前の男のまま、死ぬ機会を
与えてくださったのです」

それはカムジンが初めてつかえることなく
明晰に放った言葉であった。
きっと最後の言葉としてあらかじめ
準備しておいたに違いなかった。

「……すまない、カムジン」なぜ自分が
謝罪の言葉を口にしたのかは、よくわからない。
しかしそれ以外に彼にかけてやる言葉は見つからなかった。

韓信は自らの手で剣を振り下ろし、
カムジンの首を斬りおとした。
若き勇者はゆかりの趙の地で、その一生を終えたのである。

蘭はそれを見て、泣き崩れた。
韓信は事を終え放心したが、
やがてこの出来事を忘れないようにと木簡に書を記した。

かつて奴隷にして、現在は漢の勇猛たる武人
咖模津、十二月、罪を犯して斬首される。
その死に対する態度はいさぎよく、
それは彼が奴隷などではなく、紛れもない
武人であることの証左であった。

最後の文字は手が震え、うまく筆を運べなかった。
それは韓信が自分の行為を後悔しているからか、
折しも降り始めた雪のため、
寒さに手が凍えたからなのかは、よくわからなかった。
これが紀元前二〇四年十二月のことである。


つづく

Author :紀之沢直
http://kinozawanaosi.com.


愚人は過去を、賢人は現在を、
狂人は未来を語る



歌は心の走馬灯、
 歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


カスバの女美空ひばり




人の為(ため)と書いて
いつわり(偽)と読むんだねぇ

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴と、言い訳になるから……


『 女の駅 』大月みやこ



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる 





P R

カビの生えない・きれいなお風呂

お風呂物語

Furo1