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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

妄想劇場・一樂編

妄想劇場・一樂編

信じれば真実、疑えば妄想


昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



Mituo
人の為(ため)と
書いて
いつわり(偽)と
読むんだねぇ 

 

 
『ど根性スイカ』

最初に見つけたのは、マサルだった。
いや、違う。7階707号室の飯沼のおじいちゃんも、
「ワシが最初に見つけたんじゃ」と言っていた。
口では、「僕が最初だよ」と言い張ってはいたが、
マサルは心の中で、 (そんなことはどうでもいい)と
思っていた。とにかく今は、
少しでも長く、そして無事に育って欲しいと
願っていた。

それは、夏休みが終わろうとしていた
8月の28日のことだった。
小学校5年の遠藤マサルは、あと一つ残っていた
夏休みの宿題に頭を悩ませていた。
お盆にお婆ちゃんのところへ行くことになっていた。
ところが、お婆ちゃんはスーパーの懸賞が当たって
ハワイに行くことになった。

お婆ちゃんのいない田舎へ行ってもつまらない。
マサルは仕方なく、どこへも行かない夏を過ごした。
そこで、困ったのは自由研究だ。
お婆ちゃんの居る「信州の自然観察」を
テーマにするつもりだったからだ。

父親に言われた。
「それなら、『家の周りの身近な自然たち』という
テーマにしなさい」
「ええ~そんなのつまんないよ~」とボヤいた。
「じゃあ、勝手にしなさい。
言う通りにするなら、少しは
手伝ってやろうと思ったのに」

そう言われて、仕方なく、ノートとペン、
それに父親から借りたデジカメを持って出掛けた。
マサルは、駅から徒歩で5分の所の
マンションに住んでいる。

児童公園や小さな神社はあるが、
「自然」とはほど遠い環境の中で暮らしている。
父親には、「よく見て来なさい。
ご近所の庭や生け垣には珍しい花も咲いているよ。  
そこにはチョウだって飛んでくる。

そうだ、児童公園にはサルスベリがあったよな」
「なに? サルスベリって」
「そらな、気づかないだろ。
夏になると、真っ赤な花を咲かせるんだ」

そう言われて、サルスベリだけは
写真に撮ってきた。でも、つまらない。
チョウもいないし、珍しい花も見かけない。
町内をグルグル回ったが、いつも見慣れている、
アサガオくらいだ。

帽子を被ってくるのを忘れて、
頭がクラクラしてきた。
マサルは早々にマンションに引き上げてきた。
1階の入り口の日陰になった壁にもたれて
腰を下ろす。その時だった。

(え!?) マサルは目を疑った。
1階の入り口近くにあるシングルベット
一台ほどのスペースの植え込みの中に、
スイカが転がっている。
(誰が落としたんだろう)いや、
マンションの上から落としたら割れるはずだ。

名前も知らない低木の茂みに足を踏み入れた。
マサルは、さらに驚いた。
それは、誰かが落としたのでも、
そっと隠しておいたものでもなかった。
その茂みの中で、育っていたのだ。

ツルが伸び、花が咲き、
立派なスイカの実が生った。
でも、日当たりが悪いせいか、
表面の緑色が薄い気がした。
ちょっと大きめのソフトボールくらいか。
ハンドボールよりも小さい。
もちろん写真を撮る。

そして、その晩、父親が帰ってくると報告した。
夕食の後、母親と3人で下まで見に行った。
そこへ、すぐ真下の部屋に住む夫婦が帰ってきた。
名前は知らないが、共稼ぎらしく、
昼間は家にいない。 すれ違うと、お互いに
ペコッとお辞儀だけはする。
「どうしたんですか?」マサルの父親が答えた。

「うちの子が見つけましてね」そう言って、
植え込みの中を指差した」「こりゃスゴイ!」
旦那さんの方が声を上げた。奥さんも覗き込む。
「ねえねえ、食べられるのかしらね」
「う~ん、小さいしなぁ。
でもこんな場所で、よく育ちましたね」
「ど根性ダイコンっていうのがありましたよね」と、
父親が言った。
すると、旦那さんが、「ど根性スイカですね」
「おお、いいねえ。ど根性スイカ」

それから、マサルは毎日、
ど根性スイカを観察した。
もっと早くわかっていたら
、夏休みの自由研究にできたのだろう。
アサガオの観察日誌のように。
でも、マサルにとっては、そんなことは
どうでもよかった。
朝、晩、水を遣りにいった。
何か肥料でもやりたと思ったが、
どうしていいのかわからない。
9月になり、学校が始まった。

そんなある日の日曜日。
マサルが見に行くと、スイカの周りを
小さなスコップで掘っている人がいる。
「あっ」マサルは「スイカ泥棒だ」と思った。
思わず、「何してるんですか!」と
大声を上げていた。それは、
たまにエレベーターで見かけるお姉さんだった。
30歳くらい。いつも派手な洋服を着て、
夕方になるとタクシーで出掛ける。
いつだったか、母親尋ねたら、
「夜のお仕事」なんだという。

「あら、ボク、こんにちは」
「何をしてるんですか」
「うん、スイカにも、肥料をあげているの」
「肥料?」 「ボクも知ってたの? 
ここにスイカがあるって?」

「僕が最初に見つけたんだよ」
「いやねぇ、私が最初よ」
「僕だよ」
「じゃあ、何月何日よ」
お姉さんは、そう言いながら声を出して
笑い始めた。
「どうでもいいわよね、そんなこと。
誰が最初なんて関係ないものね。  

でも、ボクも知ってたんだ」
「うん」
「田舎のお父さんに電話で教えてもらったの。
畑をやってるのよ。
スイカの美味しい育て方をね。
でも、今からじゃ無理だって言われちゃった。  
それも、こんな日当たりの悪いところで・・・」
「うん、うちのお父さんも言ってた」
「でもさ、できるだけやってあげたくてさ」
そう言いながら、お姉さんはスイカを優しく撫でた。

それから1か月後のことだった。
マンションの屋上には、大勢の人が集まっていた。
50人は超えていよう。
みんな、回覧板を見てやってきたのだ。
「ど根性スイカを愛でるお月見の会」
最初は、違うタイトルだった。

「ど根性スイカを食べるお月見の会」
一部の人たちから、猛烈な反発があった。
それは、「せっかく、ここまで育ったのに
可愛そうじゃないか」
「第一、マンションの人たち全員で
分けられるほど大きくない」
「見るだけでいいじゃないか」
それに賛同する人が多く、
「愛でる」になったのだ。

大人はビール、子供はジュース。
何軒かの家が、キャンプのセットを出し合って、
マンションの屋上がバーベーキュー会場になった。
みんなが、口々に言う。
「私が最初に見つけたんですよ」
「それは何月何日です?」
「いやあ、たしか8月の末頃だったかな」
「私もその頃です。ずっと見守ってきたんです」
「私もです。何だか、力が湧いてきてね。  
会社で嫌なことがあっても、
このスイカを見ると、元気か湧いてくる」

ほとんどの住人が、
「私が一番最初に見つけたんです」と言うのが
おかしかった。
月見だんごの隣の、大きなお盆の上に、
ハンドボールくらいの大きさのスイカが飾られていた。
空には、満月が煌々と上がっていた。
この夜、同じマンションに住みながら、
ほとんど名前も知らない者同士が食事を共にした。

たった一つ、共通の話題のもとに。
マサルは、何だかスイカが
ニコニコ笑っているかのように見えた。


《終わり》

Author :志賀内泰弘


歌は心の走馬灯、
 歌は世につれ、世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



京進行曲


作詞:西條八十、作曲:中山晋平
唄:佐藤千夜子


昔恋しい 銀座の柳
仇(あだ)な年増(としま)を 誰が知ろ
ジャズで踊って リキュルで更けて
明けりゃ ダンサーの涙雨


日活映画『東京行進曲』の主題歌。
わが国の映画主題歌第一号とされています。
モボ(モダン・ボーイ)・モガ(モダン・ガール)が
行き交う昭和初期の開放的な銀座の
風俗が唄われています。



誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから……



時は絶えず流れ、
今、微笑む花も、明日には枯れる








P R

きれいなお風呂・宣言 

お風呂物語

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