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流れ雲

繰り返しと積み重ねの、過ぎ去る日々に、小さな希望と少しの刺激で、今を楽しくこれからも楽しく (^o^)

歴史・履歴への許可証

歴史・履歴への許可証

昨日という日は歴史、
今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー


ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、
音楽史上極めて重要な作曲家であり、
日本では「楽聖」とも呼ばれる。
その作品はロマン派音楽の先駆けとされている。
 

第九や荘厳ミサを完成させた頃

Betoben_2

1770年、現在のドイツのボンに長男として生まれる。
父は、宮廷歌手であったが大酒飲みで収入は少なく、
一家は祖父の支援によって生計を立てていた。
1773年に祖父が亡くなり、生活は困窮。
ベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、
4歳頃から虐待とも言える音楽のスパルタ教育を受ける。

1778年にケルンでの演奏会に出演。
1782年からクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに
師事した。
16歳のときにウィーンを訪れ、
憧れを抱いていたモーツァルトに弟子入りを申し入れて
許可されたとされるが、
母の病状悪化の報を受けて帰郷。母はまもなく死亡する。

1787年17歳のベートーヴェンは、
訪問先のウィーンでモーツァルトに出会い、
その際モーツァルトは、即興演奏した
ベートーヴェンのあまりの上手さに
「この青年は立派な音楽家になるに違いない」と
予言したといいます。

1792年22歳のベートーヴェンは、ボンの選帝侯から
奨学金を受け、音楽を学びに再びウィーンへ旅立ちます。
ウィーンに到着したベートーヴェンを待受けていたのは、
憧れの師モーツァルトの死でした。

その後は、アルコール依存症のため失職した父に代わり
仕事を掛け持ちして家計を支え、
父や兄弟たちの世話に追われる日々を過ごす。

1792年、ハイドンに才能を認められて弟子入りを許可され、
ウィーンへ移住。
ベートーヴェンは、ピアノの即興演奏の
名手として名声を得る。

20代後半から持病の難聴が徐々に悪化、
26歳で中途失聴者となる。
音楽家として聴覚を失うという絶望感から、
1802年
『ハイリゲンシュタットの遺書』を記し
自殺も考える。

しかし、この苦悩を乗り越え、新しい芸術の道へと進む。
1804年、交響曲第3番の発表を皮切りに、
その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、
傑作の森と呼ばれる時期となる。

40代に入ると、難聴がさらに悪化し、
晩年の約10年はほぼ聞こえない状態になる。
苦悩の中でも大作を書き続けるが、
1826年に病状が急激に悪化。
10番目の交響曲に着手するも未完成のまま
1827年、肝硬変により56年の生涯を終えた。

ハイリゲンシュタットの遺書
内容は、日ごとに悪化する難聴への絶望と、
芸術家としての運命を全うするために
肉体および精神的な病気を克服したい
願望を反映している。

ベートーヴェンの、
ミサ・ソレムニス ニ長調 作品123
は、
1823年に完成された晩年の大曲である。
献呈の相手は親交のあったルドルフ大公。
当初、大公の大司教就任祝いとして書き始められた。
しかし、書き進むうちに次第に構想が広がって、
就任式に間に合わなくなり、完成までに
結局5年間を要した。
実際に大公が演奏したかは不明だが、
現在でもベートーヴェンが書いた
最後の大宗教曲として広く演奏されている。





(ベートーベンの名言・格言)

ワインを嗜み、銘柄はトカイワインを好んでいた。
父親に似て大の酒好きであり、
寿命を縮めることになったのは疑いがない。
コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて
淹れたという。

不公平と矛盾がある社会では、
生きている限り、必ず不幸や苦しみが。
降りかかってくるものである。
しかし、それを自分の運命として受け止め、
辛抱強く我慢し、その運命と戦えば、
自ずと道は開かれる。

苦悩を突き抜ければ、歓喜に至る。

25歳。それは男のすべてが決まる年だ。
悔いを残してはいけない。

人間が人間に対し卑屈になる。
僕はそれが苦痛なのだ。

音楽とは、男の心から炎を打ち出すもので
なければならない。
そして女の目から涙を引き出すもので
なければならない。

神がもし、世界でもっとも不幸な人生を
私に用意していたとしても、
私は運命に立ち向かう。

一杯のコーヒーはインスピレーションを与え、
一杯のブランデーは苦悩を取り除く。

名声を勝ちとった芸術家は、
そのことによって苦しめられる。
そのため、処女作が往々にして最高作となる。

これはあなたのために書いたのではありません。
後世のために書いたのです。

結局のところ、私に才能はあったのだろうか。
友よ拍手を! 喜劇は終わった。

1770.12.16~1827.3.26 享年56歳
 


夢はでっかく、根はふかく。
花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 
根はみえないんだなあ

人の為(ため) と
書いて、
いつわり(偽) と
読むんだねぇ 

 
 

誰にだってあるんだよ、人には言えない苦しみが。
誰にだってあるんだよ、人には言えない悲しみが。
ただ、黙っているだけなんだよ、
言えば愚痴になるから。


時は絶えず流れ、
  今、微笑む花も、明日には枯れる  






P R

カビの生えないお風呂

お風呂物語 

furo